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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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 理由は、誰に説明されるまでもなく理解できた。持田はドライバーだ。その消費期限は、実際に引き金を引くモズより短い。パールの店主は、あくまで引退プランのひとつ。こちらからすればただそれだけの存在だったが、奴にとっては、家族を守る命綱だったのかもしれない。一瞬だけ姿を現した情緒がすぐに冷え切ってどこかへ消えていき、立石の頭は機械のように切り替わった。
 松谷に引き金を引かせたのは、違う場所で同時に殺すためだ。雪奈を殺す必要があったのは、モズの一員だったからだろう。自分で雪奈に銃を向けるとはいい度胸だが、結局のところ持田は、報復を恐れている。
「ホテルの連中は、おれが生きていることを知ってるよな?」
 立石が言うと、本能に動かされるように子供の怪我を確認しながら血をふき取っていた友恵は、うなずいた。
「知ってるのは、電話を取ったヒバリと、私の二人」
「明日一日だけ、持田の耳に入れないでくれるか? 松谷とおれの、両方が死んだことにしてほしい」
 その言葉の冷たさに手を止めた友恵は、首を横に振った。ロボットに新しい命令を書き込むように、感情を失った声で呟いた。
「立石くん、それはだめだよ」
「おれの家族だ。おれの好きなようにする」
 立石が言うと、友恵はほとんど泣き顔になった顔を向けた。
「私、あなたに家族がいたとか、そんなことを伝えて回って丸く収める力はないよ」
「言わなくていい。おれに時間をくれ」
 立石は、友恵に向かって微笑んだ。
     
     
― 現在 ―
    
 シルバーのスカイラインが勢いよく駐車場へ入ってきたとき、砂利を弾き飛ばす音に双葉は肩をすくめた。立石が話を中断したとき、矢崎がとんでもない怪談を聞かされたように、瞬きを繰り返しながらウィスキーを飲み干した。
「もう充分だ。これ以上聞いたら、頭がおかしくなる」
 立石は、矢崎の方を向いて言った。
「世代交代ってのは、繊細な作業なんですよ。私は家族を失いました。お二人が同じ立場かどうかは知りませんが、飛び火するときは一瞬です。力のない者から死んでいく」
 ボウズがドアを開き、首周りをぼりぼりと掻きながら入ってくると小さく頭を下げた。矢崎が振り返って、ボウズの顔を見上げながら言った。
「おかえり。今ちょうど、おやっさんと昔話をしてたとこだ」
「はっ? おや?」
 ボウズは数少ないバリエーションの返事を繰り出した。それ以上の会話を諦めた矢崎は向き直ると、双葉に言った。
「どんな話を聞いても、おれたちの関係性は今後変わらない。その覚悟はできてるな?」
「そっちはどうなんです?」
 双葉がすぐに押し返す様子を、立石は黙って見つめた。お互いに一歩も引くことはない。どちらかが弾を頭に食らわせるまで、このやり取りは続く。ただ、幸い銃はカウンターの上だから、今ここで弾が飛び交う心配はない。ボウズが首元をしつこく掻いているのを見て、立石は言った。
「おい、蚊に食われたのか?」
「いえ」
 ボウズは顔をしかめたまま襟の形を整えると、それでも気になるように首元を少し開け気味にして、カウンターの傍に置かれた椅子に腰かけた。立石は、しばらくその様子を眺めていたが、ふと思いついたように言った。
「矢崎さん。人を裏切るときは、直接相手に弾を撃ちこむのが一番早いんです。地図を差し替えたり、小手先のことをやったとしても、結果は思った通りにいかない。持田が私を殺し損ねたのも、自分でやらなかったからです」
「身に染みて、学んだよ。銃を返してくれるか? 今ここで続きをやってやる」
 矢崎が言うと、立石は笑いながら首を横に振った。矢崎と長岡は、地図から消された三本目の道を迂回して、城見達を殺した。随分手の込んだことをしているが、双葉の立場を悪くするだけで良かったのなら、臆病な性格の矢崎としては、最も良い手だったのだろう。場が静まり返り、会話に取り残されたように、双葉が身を乗り出して言った。
「どうして、おれを直接撃たなかったんです?」
「死んでほしいわけじゃないからだよ。むしろ、城見を犠牲にしても、お前には死んでほしくなかった。特に恨みはないしな。おれが引退する時期が伸びれば、それだけで充分だった」
 矢崎が、からりとした笑顔を見せたとき、外で車のドアが開く音が鳴り、立石は窓の外に目を向けた。トレードマークのような黒縁眼鏡に、ダークグレーのスーツ。スカイラインの後部座席からアザミが降りてくるのが見えた。
「連れて来たのか?」
 立石が言うと、ボウズはバツが悪そうにうなずいた。
「乗ってきました。クルマに」
 矢崎が顔色を失い、双葉に釘を刺すように言った。
「お前、下手なことを言ったら、全員の前でトランクを開けてもらうからな。何も言わなけりゃ、長岡のことは黙っててやる」
 双葉はうなずくと、ゆっくりと開くドアに目を向けた。パンプスの足音がフローリングに響き、後ろ手にドアを閉めたアザミは言った。
「こんばんは」
 黒縁眼鏡のすぐ後ろで、大きな両目がぐるりと店内を見回した。置物が割れていることに気づいたアザミは、言った。
「壊れちゃったんですか」
 立石が小さくうなずいたことを確認すると、アザミは矢崎と双葉の方を向いた。
「二人とも、お疲れさまでした。何点か、確認したいことがあります」
 矢崎が席を立とうとすると、アザミはそれを片手で制止して、双葉と矢崎の間に置いたままになった椅子に、腰かけた。立石は、少しふらついているボウズに言った。
「おい、起きてるか?」 
「へえっ」
 ボウズは左手の残った指で頭をごりごりと掻くと、うなずいた。立石はカウンターの後ろへ回ると、いつも通りの『パールの店主』に徹した。
 一時間程度は猶予があると思っていたが、アザミが一緒についてきてしまった。立石は、カリラの三十五年を棚にしまうと、成り行きを眺めた。最後まで話せていたら良かったが、もう二人に話す機会はないだろう。是非、聞いてほしかった。
 お互いの家族のことを話すほどの仲間に裏切られた人間が、何を捨てて、何を拾ったか。
      
      
― 三十年前 ― 

『私からの電話があるまでは、このクラウンが新しい家だと思って。夜が明けるまでには、片付けるから』
 友恵の伝言。全ての処理が終わるまでは、自分の家からだけではなく、拠点すら近寄ることはできない。友恵は、後片付け全てをひとりで引き受けてくれた。それは、立石自身がこれ以上誰にも目撃されないようにするためだ。
『とにかく、ここから出て』
 そう言われて、クラウンに乗り込んだ後はひたすら走り続けた。今は、海岸沿いの駐車スペースに停めて、緩やかに明るくなっていく空を眺めている。真っ黒から少しずつ紺色になり、やがて太陽が顔を出せば、その冷たさは影を潜めて、全く反対の暖かな色に染められていく。朝が来たという感覚は、体のどこにもなかった。腹も減らなければ、喉も乾かない。全てに機能が静まり返った代わりに、頭の中には怒りだけがあった。体内時計からは電池が抜かれて、体は日常生活に必要な全てのことを拒否しているように感じる。
作品名:Props 作家名:オオサカタロウ