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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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 大型トラックが轟音を鳴らしながら時折通過する以外は、不気味なぐらい静かで、釣り人すらいない。その静けさに耳が慣れ切ったとき、自動車電話が着信音を鳴り響かせた。受話器を持ち上げて耳に当てると、友恵が言った。
「スカイラインは、松谷ごとカラスに処理させる。立石くんがどうなったかは、誰も触れない。死んだと思いたい人間は、死んだと思うだろうし、その逆もあるだろうね」
 友恵は昔から、手際が良くて仕事が早かった。そして何より、単刀直入だ。
「ありがとう」
 立石が言うと、しばらく間が空いた。
「待って」
 懇願するような口調に、立石は顔をしかめた。紺色の空の中を飛ぶ鳥のシルエットが、おぼろげに見え隠れした。夜が明け始めている。
「何も言ってない」
「どこにいるの?」
 友恵はそう言ったが、おそらくその答えは聞くまでもなく知っているだろう。立石はエアコンの効いた運転席で、答えずに目を閉じた。二年前に家を買ったとき、周りを見通せる一軒家を選んだ。
『お前、四方から狙われてもいいのかよ』
 持田はそう言って、『おれなら海沿いの家を選ぶ』と続けた。そして実際、お互いが好み通りの家を建て、そこに家族を住まわせた。
 今は、数百メートル先に持田の家が見えている。
「あなたがパールの店主になるというのは、変わらない」
 友恵が念を押すように言い、目を再び開いた立石は呟いた。
「持田はどうなるんだ?」
「私には、あなたが船で殺されかけたことを証明する手段がない」
 友恵はそう言うと、それがどうしようもなく残念なことのように、息をついた。立石がまだ耳を傾けていることを間から悟って、続けた。
「雪奈のことは残念だけど、家族の話をしたら、上はあなた以外の存在を消すと思う」
 つまり、子供の命も取られるということだ。立石はシフトレバーをドライブに入れた。
「おれと持田の間には、何もなかったことになるんだな。持田が同じことをやり直さない保証は、どこにあるんだ?」
「あなたがパールの店主になって、持田くんがある日突然、銃を向ける? そんなことをしたら、彼はその場で引退する羽目になるよ」
 友恵の言葉は、完全に正しい。だからこそ、それ以上の便宜はないということも、理解できる。ぼうっとしていた方が、妻を失うというとんでもない馬鹿を見た。それだけのことだったのだ。
「よく分かった」
「何も分かってない。聞いて……」
 友恵はまだ話していたが、立石は受話器を置いた。ゆっくりクラウンを進めて、車庫に停まるチェイサーの前を塞ぐと、エンジンを停めた。トランクからK1200を取り出すと、松谷が装填できなかった一発目を静かに装填し、家の外周をぐるりと回った。散弾銃を構えたまま歩くのは、いつもやってきたことだ。それが誰の家の周りであっても、やることはさほど変わらない。高く伸びた雑草に紛れて回り込むと、海に面した窓に人影が見える。昇り始めた朝日を見ているシルエットは、持田本人で間違いない。腕に子供を抱いた妻が隣に立っていて、話している。生きて帰れたという実感は、不意に湧いてくるものだ。今自分が五体満足でいられるということが突然不思議になって、それは家族に対する愛着という形で現れる。雪奈はそれを良く知っていて、今、持田の妻がやっているように、子供とセットで起き上がり、よく話を聞いてくれた。
 立石は散弾銃を左手で持つと、テラスの木枠に足を掛けて力を込め、柵を乗り越えた。木の床に着地した両足のスニーカーが荒っぽい音を立てて、持田が跳ねるように振り返ったとき、散弾銃をまっすぐ構えた立石は言った。
「終点だ」
 一発目は、持田の右膝を吹き飛ばした。二発目は妻の右脇腹を骨ごともぎ取って地面にばらまき、バランスを失って床に倒れた持田へ銃口を振った立石は、三発目を左脚の太ももに撃った。持田の妻が、子供を庇うために手を伸ばして引きずろうと力を込めたとき、持田が声にならない叫び声を上げようと口を開いた。立石は子供の手を掴んだ妻の手首に銃口を向けて、引き金を引いた。散弾が手首を吹き飛ばし、粉々に砕けた木の床が跳ね返った。それでも無事な方の手で子供を庇った妻の背中と右腕に、立石は残りの二発を撃ち込んだ。子供の泣き声が唐突に止まり、持田は絞り出すように唸り声を上げた。
 立石は、散弾銃の先台を引いて、弾が残っていないことに気づいた。同じことを悟った持田の目に、暗い希望の光が微かに宿ったように見えたとき、立石は口角を上げて微笑んだ。雪奈は子供を守り切ったが、お前の妻はそこまで有能ではなかったらしい。散弾銃を地面に捨て、ベルトからゴールドカップを抜いた立石は、持田の目に生まれた微かな光ごと、45口径で頭を吹き飛ばした。
     
      
 ― 現在 ― 
   
 アザミは、天秤の中央で重りのぶれを観察するように、二人に交互に質問を繰り返している。不意に一度聞いた質問を繰り返すこともあるから、気は抜けないだろう。カウンターから見えるのは後ろ姿で、まっすぐ伸びた背筋が、薄暗い店内を真っ二つに割るように影を落としている。
 双葉は、矢崎との打ち合わせ通りに話を進めている。アザミが長岡の死体を見れば、その時点で天秤はぐらついて、二度と元には戻らない。アザミの仕事は、二人に死ぬ覚悟があるとすれば、それを完全に砕くことだ。普通の人間としてお互いが相応に死を恐れ、生き延びたいと願って口を滑らせる瞬間を、待ち受けている。双葉は、地図の話すらしなかった。ただ、アザミが仕事の経緯について質問したときだけ、必要な言葉を正しい口調で答えた。若いのに、大したものだ。今の双葉と同じ年代だった三十年前、自分はあんな風に冷静ではいられなかった。
『なんてことをしたの』
 あの、クラウンの自動車電話。不格好な黒い受話器すら、懐かしい。今思い返せば、その向こうで友恵は泣いていたように思う。
『持田さん以外は、誰も死ななかった。その意味は分かる?』
 つまり、持田に家族がいたということは、完全に隠し通される。あのとき、友恵は初めて自分で結論を述べずに、こちらにその答えを投げた。今となってはそれが普通で、ホテルの人間は皆そのように話すが、電話の向こうで涙を止めたとき、友恵はようやく『クジャク』になった。立石はショットグラスをひとつずつ洗うと、タオルの上に伏せていった。ハイボールを入れたグラスを最後に洗って水気を切り、シグP227とM642をカウンターの下へ片付けた。
 落ち着かない様子のボウズに顔を向けると、立石は囁くような声で言った。
「準備しろ」
 ボウズは猫背を縮めるようにうなずくと、裏に下がっていった。
『パールの店主になってもらうけど、ひとつ条件がある』
 クジャクになった友恵の言葉には、ほとんど引力のようにすら感じられる重みがあった。それは上の言葉であり、身を引きちぎられるような内容だとしても、絶対だ。矢崎と双葉には、そこまで聞いておいて欲しかった。そうすれば、自分の身に起きることに対しても、もう少し心構えができたはずだ。カウンターに飛びついて自分の銃をひったくり、お互いが動かなくなるまで撃ち合うことだって、選んだかもしれない。
『どうして、殺さなかったの?』
作品名:Props 作家名:オオサカタロウ