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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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 むしろ自分の身に起きたことは、全て聞かせてやりたいぐらいだ。立石はホテルの番号をダイヤルすると、クジャクを呼び出した。三十秒ほどの間が空いて、声が届いた。
「無事終わった?」
 その言葉遣いに違和感があったが、立石は言った。
「終わったよ。残念だがおれは生きてる。言っとくが、あんたの頼みは、百パーセント聞き入れたぞ。何も断らなかった」
 電話の向こうは静まり返っていたが、ようやく内容を飲み込んだように、抑えたトーンの声が返ってきた。
「大丈夫? 人を寄越そうか?」
「松谷だけで十分だ。あいつはおれを後ろから撃とうとした」
 立石が言うと、電話の向こうが慌ただしくなったのが、雑音で分かった。鍵や上着をかき集めるような音。電話口に戻ってきたらしい友恵が言った。
「私がそっちに行くから、ちょっと待ってて」
 電話を切ったとき、店主がワイルドターキーのボトルに視線を向けたが、立石は首を横に振った。これから荒っぽいことになるとしたら、アルコールは邪魔になる。三十分ほどが経って、斜めに停めたスカイラインの隣にクラウンロイヤルサルーンが停まった。立石はゴールドカップをベルトから抜くと、右手に持ったまま入口を見つめ続けた。
「隠れとくよ」
 店主はそう言うと、防弾のカウンター裏に伏せた。立石はゴールドカップの安全装置を解除したが、クラウンから降りてきたのが友恵だけだということに気づいた。ドアを開いた友恵は、立石の右手に握られた拳銃を見て、目を丸くした。
「ちょっと、なにしてんの」
「こっちは、殺されかけのホヤホヤなんだ」
 立石が言うと、友恵は顔をしかめた。
「私がやったと思ってるの? 理由は何?」
「良かったら、それを聞かせてくれ」
 立石が言うと、友恵はテーブル席の椅子を自分の方へ寄せて、腰を下ろした。
「人事に話したのは、私なんだよ。それを自分で反故にすると思う?」
 理屈がやっと追いついたように、立石は友恵の目を見返した。友恵はようやく会話のお膳立てが整ったように、姿勢を正した。
「松谷はどうしてるの?」
 立石は、外に停まったスカイラインに目を向けた。
「トランクの中だ。もう死んでる」
 友恵は頭を抱えて俯くと、顔を上げて宙に視線を泳がせた。
「どうして殺したの? 立石くんの言ったことを確認できないじゃない」
 その冷静さに、立石は自分がM76を向けたときの記憶を頭に呼び起こしていた。撃たずに組み伏せるなど、容易かった。しかし、あの場で引き金を引かないとしたら、それはこの業界に身を置く資格がないようにも思える。友恵は納得がいかない様子で続けた。
「あなたが一方的に松谷を殺したって可能性もあるんだよ。私は信じるけど」
 会話のトーンが落ち着いてきたことを悟った店主が静かに体を起こし、友恵にぺこりと頭を下げた。友恵も同じように会釈すると、言った。
「すみません、ちょっと二人で話したいのですが」
 店主はうなずくと、イヤホンを耳にはめてナイトスタンドを点灯させ、新聞を読み始めた。友恵は立石を呼び寄せると、入口に一番近い席に座らせて、言った。
「本人の前で、引退の話はできないから」
「そうだな」
 立石はそう言って、薄暗い光に照らされる友恵の顔を見つめた。頭の中で台風のように渦巻いていた考えが整理されて、その裏でずっと熱を帯びていた別の考えが、顔を出し始めていた。モーターボートなら、持田でも扱えた。貨物船まで移動するだけで良かったのだから、特別な技術は要らない。立石は言った。
「おれは、その日に返事をしたよな?」
「ここのこと? そうだね」
 友恵はうなずいた。立石は、自分がその日の夕方に『引き受けます』と言ったことを思い出しながら、目を伏せた。
「その後で、持田は連絡してこなかったか?」
「してきたけど、埋まっちゃったからね。こういうのはタイミングでしょ」
 友恵はすらすらと言った。立石は立ち上がると、黒電話の受話器を上げた。家の電話番号をダイヤルして鳴らしたが、呼び出し音はいつまで経っても切り換わらなかった。友恵がすぐ後ろまで来て、言った。
「誰にかけてるの?」
「家だ」
 立石は受話器を叩きつけるように置くと、外に飛び出した。友恵が後からついてきて、肩を掴んだ。
「ちょっと待ってよ。誰も出ないの?」
 黙ってスカイラインへ乗り込もうとする立石を引き留めると、友恵はクラウンを指差した。
「私も行くから。あっちで行こう」
 スカイラインのトランクからK1200を引っ張り出した立石は、それをクラウンのトランクへ移してから、運転席に座った。最新型で、自動車電話まで設置されている。仕事で使う殺風景な車とは、何もかも違った。友恵が助手席に乗り込んだとき、立石は言った。
「おれがパールの店主になるってのは、もう決まってるのか?」
「あなたが生きている以上は、変わらないよ」
 友恵が言い終わるのと同時に、立石はアクセルを踏み込んだ。砂利が巻き上がって車体にばらばらとぶつかり、駐車場から出たときにタイヤがアスファルトに食いついて、車体を容赦なく揺らせた。
「安全運転でお願いね」
 友恵が言い、立石はうなずきながらアクセルを底まで踏み込んだ。一時間以上を無言で過ごしている内に、立石は助手席に座る友恵との間に、共通の認識が生まれつつあることに気づいた。
「持田は、昨日は何をしてた?」
「次の準備だね。トラックを使うから、整備してた。夕方には終わってたと思うけど」
 友恵は即答した。立石は前を向いたまま、歯を食いしばった。やはり、同じことを考えている。畑が広がる田舎にぽつんと建つ一軒家。軒先にはベージュのタウンエースが停まっている。立石は家を通り過ぎたところでクラウンを停めると、エンジンをかけたまま降りた。友恵が助手席から手を伸ばしてエンジンを切ると、鍵を抜いて助手席から降りて言った。
「ひとりで行かないで。証人が要るから」
 その言葉の冷たさは、心に作られかけていた覚悟を完全に先回りしていた。立石はうなずくと、家の裏口まで回り込み、ゴールドカップを抜いて安全装置を解除した。自分の家とは思えない。鍵を持っているということが不思議に感じるぐらいだ。静かに鍵を回してドアを開け、立石は家の中へ入った。友恵が後ろで靴を脱いだのが音で分かったが、同じようにする気にはなれなかった。居間だけ電気が点いていて、立石はゴールドカップを高い位置で構えたまま角を回り込んだ。
 雪奈は、頭を撃たれていた。その体は、信念を貫くようにくの字に折られていて、中で包まれていた血まみれの目が動いた。友恵が息を呑んだとき、ぞっとするようないびつな泣き声が、家の中に響き渡った。立石は友恵の目を見た。訳も分からず泣いて、当然だ。まだ、二歳になったばかりなのだから。
 涙に理由が要るのは大人だけで、どんな理由があってもモズには許されない。それは家と仕事を完全に切り離せた人間の特権だ。持田に話していた時点で、終わっていたことだった。立石は言った。
「おれ達以外でこの家を知っているのは、持田だけだ」
作品名:Props 作家名:オオサカタロウ