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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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 矢崎は顔をしかめたが、立石の膝上に置かれたM870の銃口が自分の方を向いていることに気づき、大きなため息をつきながらM642をショルダーホルスターから抜いて、グリップ側を差し出した。立石はそれを受け取ると立ち上がり、双葉が持っていたシグP227と一緒にカウンターの上に置いた。そのままカウンターの裏へ回ってポケットからスマートフォンを取り出すと、ボウズからのメッセージの続きを読んだ。
『地図は展望台に続く道で、アカ線は三本』
 つまり、地図は差し替えられていた。双葉が裏切られたというのは、これで確実だ。長岡が考えたことなのか、それとも矢崎も一枚噛んでいるのか。長岡が死んでいる以上、その事実はどこまで突き詰めても百パーセントにはならない。中途半端なままだ。
 立石はスマートフォンに視線を戻した。メッセージは、もう一行続いていた。
『これから戻ります』
 ボウズの運転は速い。いつものペースなら、三十分もかからないだろう。このメッセージ自体が十五分前のものだから、そろそろ帰って来る頃だ。立石は時計に視線を移すと、二人に言った。
「せっかくなので、いい酒を入れましょう」
 立石がグラスを三つ並べ、インヴァーゴードンの五十五年を棚から下ろして中身を注いだとき、モズの慣習を無理やり思い出したように矢崎が立ち上がり、ウィスキーが満たされたグラスを手に取ると、後ろを振り返った。双葉と目が合った立石は、苦笑いを浮かべた。おそらく矢崎は、出口に近い方を選ぶ。双葉は座る位置をひっくり返すと、自分は逃げ場がなくなって不利だと思っているだろう。立石が目線をショットグラスに落とすと、双葉は不満を全て琥珀色の中身に押し込むように、グラスを見つめながら奥側の席に移った。後ろが解放的になった矢崎は、少なくとも自分の進めたい方向に一歩前進したように、ソファに深くもたれた。立石は自分のグラスにウィスキーを注ぐと、双葉と矢崎が待つテーブルへ戻った。双葉がグラスを掲げ、矢崎がほぼ同時に中身を空けたとき、立石は言った。
「三十年前の話ですが。私は、引退を選びました。それがどういう仕組みになっているか、二人とも気になったことはありませんか?」
 双葉が納得したように呟いた。
「モズだったんですね」
「その呼び方を決めたのが、この人だよ」
 矢崎は、自身の口調をどこに落ち着けるべきか迷っているように、歯切れ悪く言った。立石は苦笑いを浮かべると、続けた。
「当時の同僚は、持田という名前でした」
 矢崎は目を伏せた。三十年経っても、記憶の中の上下関係は変わらない。仕事を始めたばかりの、あの真っ青な表情。今、鉄仮面にヒビが入ったように、それが見え隠れした。持田は決して認めようとしなかったが、矢崎は後輩の中でも、優秀な部類に入っていた。立石は、小さく咳ばらいをすると、ウィスキーをひと口飲んだ。今でも当時の関係性が続いていたなら、五十代まで生き延びたのは立派だと、そのごま塩頭をぐしゃぐしゃに撫でてやりたくなる。
「持田には、家族がいました。仕事を離れれば三人家族だった。それは私も同じでしたが」
 唐突な過去形に、双葉はグラスを持っていない方の拳を固めた。
「私は妻子でこの店を切り盛りできれば、先の長い人生を送れる。単純にそう思っていました。この業界から生きて抜けられるとは、思っていなかったので」
 立石はそう言うと、二人の顔を交互に見た。その記憶が、今でも最前列にいて迷惑でたまらないように、顔をしかめながら続けた。
「これから話すことは、最悪の失敗例だと思ってください」
     
     
― 三十年前 ―
   
 息が上がっているのではなく、心臓がパニックを起こしたように血液を送り出している。体を起こした立石は、断続的に白い煙を上げるM76サブマシンガンのヒートシールドを見下ろした。とんでもないことが起きた。深夜二時、がらんとした貨物船の中は、コンテナの台座の軋む音だけが時折鳴るだけで、他には何も聞こえない。標的は二人で、ひとりは散弾銃を持っていたが、今はガラクタのような死体だけを残して、もうこの世にはいない。立石は弾倉を入れ替えると、コンテナにもたれかかった。
 今回は船を使う仕事だから、同行したのは船舶に強い松谷だった。船に乗り込むときは、ハイスタンダードK1200を持っていた。木と鉄が融合したような古い散弾銃。
 渡す前に、用心のため薬室から弾を抜いた。人に銃を渡すときはかならずそうしていたが、その些細な習慣が命を救った。立石は、松谷の死体を見下ろした。
 散弾銃の撃鉄が空の薬室を打つ音が聞こえたのは、つい十秒前。背中から撃とうとして弾が出ないことに驚いた松谷は、先台を操作しようとしたがもう遅かった。今は、おおよそ十発の9ミリ弾を胴体に受けて、仰向けに倒れている。
 立石は、M76のスリングを肩にかけると、からからになった喉を鳴らした。
「なんでだよ……」
 パールに異動する前の、最後の仕事。つまり、モズとしてはこれで終わる。
 そのはずだった。同行した松谷が後ろから頭を吹き飛ばすつもりだったなんて、考えもしなかった。立石はK1200を担ぎ、松谷の死体を引きずってモーターボートへ下ろすと、エンジンを始動させて、ロープを解いた。仕事は完了した。しかし、間違った側が生き残っている。ガンケースに入ったM76とK1200を受け取ったのが、昨日の夕方。松谷と合流したのは数時間前だった。スロットルを開けて貨物船から離れ、真夜中の海を陸地に向けて移動しながら、立石は考えた。今回、仕事の手配をしたのはクジャクだ。こんな事態では、その呼び名自体、うんざりする。とにかく友恵がこのボートを手配して、お膳立てをしたのだ。仕事が終わった後の合流地点は、松谷と打ち合わせていた通り。廃ドックに辿り着いた立石は、ボートから飛び降りて白のスカイラインGTS−Rまでよろめきながら辿り着き、トランクを開けた。松谷と銃二挺を放り投げるように押し込んで閉めると、ベルトに挟んだコルトゴールドカップを抜いて運転席に座った。心臓はすでに普段通りの動きを取り戻しているが、今度は頭に上った血がどこへも行こうとしない。エンジンを掛けてシフトレバーを操作していると、この場に持田がいないというもどかしさだけが、全身を通じて頭に伝わった。モーターボートなら持田でも扱えるのに、どうしてこういうときに限って、松谷が選ばれたのか。立石は考えを無理やり追い払い、クラッチを踏み込んだ。運転しながらこれだけのことを同時進行で考えるほど、器用ではない。廃ドックから出ると、指定の待ち合わせ場所ではなく、パールへ向かった。一時間ほど走ってスカイラインを砂利敷きの駐車場へ突っ込み、まだ土煙が上がっている車外へ転がるように出ると、立石は右手にゴールドカップを持ったまま入口のドアを開いた。カウンターの後ろに店主がいて、しわに埋もれかけた目を丸くした。
「どうしたの?」
「ちょっと電話を借りたいんですが」
 立石はそう言って、ゴールドカップをベルトに挟み込んだ。顏に浮かぶ汗を見た店主は黒電話を引っ張ってきて、カウンターに置いた。
「裏にいようか?」
「いえ、大丈夫です」
作品名:Props 作家名:オオサカタロウ