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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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 矢崎が真っ先に双葉に話した心配事は、それだった。モズが複数人で動く場合、必ずリーダーが決められる。最年長がやると、誰もその判断に疑いを持つことができなくなるから、今回は三十代半ばの長岡で、間違いないだろう。カワセミに電話を一本掛ければ確認できるだろうが、不用意な動きは避けたほうがいい。
 リーダーの長岡が不在となれば、次は矢崎。
『米原はホテルにいるんだな?』
 矢崎はやはり、しつこく確認している。双葉の方は、声が聞き取れない。立石がイヤホンの位置を調整したとき、スマートフォンが光った。ボウズからのメッセージ。おそらくツグミが目の前にいる状態で、延々と打ち続けたのだろう。
『サンドイッチありがとうございましたと、ツグミさんから伝言です。カラスさんと駐車場で会って、キャンディをもらいました。クルマは、白のトヨタアルテッツァ、シルバーのニッサンプリメーラ、黒のホンダオデッセイ、です』
 本文はまだ続いていたが、立石はイヤホンを外してM870を手に取ると、部屋から飛び出した。カウンターの脇をくぐって銃口を持ち上げたとき、双葉の右手が信じられない速さで動き、ベルトに挟み込んだ拳銃を抜いた。その銃口が矢崎に向く直前に、立石は双葉に向けてM870の引き金を引いた。非致死性の散弾が右手から拳銃を弾き飛ばし、跳弾が窓際に置かれた猫の置物を粉々に砕いた。双葉が手を庇いながら身を捩り、矢崎はそれ以上後ろに下がれないことが信じられないようにもがくと、ようやくショルダーホルスターからM642エアウェイトを抜いた。
「何考えてんだ!」
 その指が引き金にかかったとき、立石は次の散弾を装填してM870を矢崎の方へ向けた。鋭い金属音に瞬きをした矢崎は、言った。
「邪魔するなよ。今、こいつはおれを殺そうとしたんだ」
 立石は、銃口を矢崎に向けたまま、双葉に言った。
「両手を挙げて座ってもらえますか」
 双葉は言われたとおりにすると、ソファに再び腰かけた。自分の右手が無傷なのが不思議なように、その視線は何度も泳いだ。立石は、矢崎に言った。
「銃を下ろしてください」
 矢崎は渋々M642をホルスターに仕舞うと、席に腰を下ろして、双葉に言った。
「今のは、レッドカードだぞ」
「あんたの地図には、道が二本しか書かれてなかった。おれは、長岡にも聞いたんだ。本当にこの地図は合ってたかって」
 双葉はさっきまで和やかに話していたのが嘘のように、猛犬のような目を向けた。
「お前、長岡と話したのか? いつだ?」
 矢崎が言い、立石はその目線と交差しないよう注意を払いながら、外に停まるアルテッツァに視線を向けた。車体に残る黒い塗料はおそらく、今回の仕事で用意された黒のオデッセイが衝突した痕だ。だとしたら、矢崎がずっと探している長岡は、意外に近くにいるかもしれない。例えば、アルテッツァのトランクの中とか。
 矢崎は、ごま塩頭を撫でつけると、言った。
「参ったよ。立石、あんたは全部見てたろ?」
「見てましたよ」
 立石はそう言うと、ソファを回り込んで双葉の手から飛んで行ったシグP227を拾い上げた。双葉は、宙に浮いた矢崎の質問を思い出したように、息を整えた。
「長岡とは、仕事の後で会った」
 矢崎が顔をしかめたとき、双葉はジーンズのポケットからアルテッツァの鍵を取り出し、テーブルの上に置いた。
「そんなに会いたかったら、顔を見て来いよ。トランクに入ってる」
 戻りながら、立石は目を伏せた。この仕事は長ければ長いほど、勘というのは嫌でも当たる。矢崎の顔色は少しずつ青くなった後、それを取り返すように急激に紅潮していった。
「お前、殺したのか?」
 双葉がうなずくと、矢崎はそれで全員の立場が決まったように、ソファへ体を預けて言った。
「立石、ホテルに連絡しろよ。アザミに決めてもらおう」
 双葉は、立石の方を向いた。
「銃を返してもらえれば、こいつを殺して全部終わらせます。おれは死んでも構いません」
 立石は肩をすくめた。その何事にも動じない冷静さは、矢崎と双葉の両方が姿勢を正すのに十分すぎたが、だめ押しをするように、立石は眼鏡をずり上げると双葉の目を見て言った。
「理由を言う気はないんですか? 申し立ては? 自殺したいわけではないでしょう」
 矢崎は、話を聞く必要はないと手で示すように、立石を追い払う仕草を見せたが、双葉は口を再び開いた。
「長岡が言ってました。地図を差し替えたと。三本目の道は、見張りが見落としたことになる。つまり、おれのことです。おれを裏切るのは構わない。でも、失敗を証明するのに、城見と三好兄弟を殺す必要はなかったはずです」
 立石がうなずいたとき、矢崎が口を挟んだ。
「トランクの中を見る気にもならないが、お前、痛めつけたりしなかったか?」
「それなりには」
 双葉が答えると、矢崎はウィスキーの残りを飲み干して、神経質に笑った。
「痛めつけたら、人はどうすると思う? あることないこと、ぺらぺら喋るだろ」
 立石は、双葉の反応を窺った。矢崎の言葉を受け流しているようで、おそらく自分の無鉄砲さに気づいただろう。長岡を殺したのは、最悪の行動だ。どれだけ痛めつけても、心臓と頭だけは動いていなければならない。そうしないと、地図を差し替えたのが誰か、アザミの前で証明するのは不可能だ。米原が終始真っ青だったのは、双葉の『身内殺し』に付き合わされたからだろう。立石がしかめ面のまま立ち尽くしていると、双葉が顔を向けた。
「どうして、おれが銃を抜くまで待ったんです?」
 立石が目線だけを向けると、双葉はお見通しと言いたいように口角を上げた。
「撃つなら、おれが銃を抜く前にできたはずです。それに、おれの指は五本とも無事です」
 立石は微笑んだ。咄嗟の射撃で散弾の一部を銃にだけ当てるというのは、確かに難しい。双葉がさらに続けようとするのを、立石は遮った。
「猫の置物は、客が暴れて割ったことにできますが。人間の指は別です」
 隣のテーブルから椅子を引きずってくると、立石は腰を下ろした。その、散弾のパターンすら完全に読み切った射撃は、無言のうちに場の主導権を移していて、矢崎は口の開き方すら忘れたようだった。立石は、小さく息をついた。どこか、懐かしさを纏った空気。モズには、最も速く正確に銃を撃てる人間には、逆らってはならないという不文律がある。それは敬意などとは無関係で、ただ生き延びるための動物的な直感だ。
「仕切り直しです。誰も銃を抜かなかった。いいですか? たまたま、猫の置物が粉々に割れただけです。二人とも、ちょっと付き合ってもらえますか?」
 矢崎と双葉が同時にうなずき、立石は続けた。
「まず、矢崎さん。リボルバーを出してください」
「あいつがおれを殺そうとしたのは、どうなるんだ?」
作品名:Props 作家名:オオサカタロウ