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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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 立石はグランドファンクのタイムマシーンを再生すると、ボリュームを上げた。カウンターに立てかけたM870を手に取って裏へ入ったとき、双葉に向かって話す矢崎の声が、歌声をかき分けて耳に届いた。
「カニ爪と立石は、到底親子とは思えないよな。トンビが鷹の逆パターンだ」
 店と住居の間を埋めるような、小さな部屋。ホテルとの直通電話と小さなテレビがある以外は、瞑想でもするように殺風景だ。立石はM870をテーブルに置き、安楽椅子に座った。モノラルイヤホンを左耳に入れてボリュームを調整すると、音楽に混ざって双葉と矢崎の会話がおぼろげに聞こえてきた。ここは、そういう店だ。モズが安心して会話を交わせるように色々と配慮はするが、だからといって、誰も聞いていないわけではない。
 初めての仕事で銃を壊した矢崎は今や最古参で、横柄なモズの代表格。時代は変わるものだ。静かな空間に迷い込んで、ウィスキーが薄く敷かれた頭の中は、するすると滑った。記憶を辿りやすくなるのはいいことだが、年を取るにつれて、どこへ連れて行かれるかということが分からなくなる。
 双葉にとっての城見がそうだったように、誰にだって相性のいい仲間がいる。記憶が過去の出来事である以上、だいたいどこに辿り着いても、そこには持田がいる。その特技は、天才的な運転技術。今考えれば、変わり種だった。立石は、当時よく使っていたコルトゴールドカップのグリップを思い出すように、手を軽く閉じた。

 
― 三十年前 ―
  
「結局、海沿いのホテルを買ったらしい。もう稼働してるんだってよ」
 折れ曲がった煙草をくわえたまま、持田が言った。その手の中に収まったら、大抵のものは折れ曲がるか、くしゃくしゃになる。立石は笑いながら、持田がポケットから取り出したパンフレットを受け取った。
「本気だったのかよ。海の幸……、漁港直送? なんだこれ、観光ホテルじゃないか」
 沖浜グランドホテル。漁業連合の片隅に建つその姿は要塞のようで、パンフレットは宴会場で楽しそうに酒を飲むグループの写真で彩られている。真夏に蝉の音に囲まれながら見ても、訴えかけてくるものはない。大勢が浴衣姿で酒を交わすのは、冬の忘年会のイメージだ。
「これが上手くいったら、最大の拠点だな」
 言いながら立石がパンフレットを返すと、持田は広げる前よりくしゃくしゃに丸めながら、ポケットへ戻して、からかうように言った。
「お前、エレベーター係になれよ。例えば八階って言われたら、八階を押すんだ」
 立石は笑いながら、隣に座る持田の肩を小突いた。二人は二十七歳で、全ての仕事において、全ての役割をこなすことを求められる、最後の年代。数年以内に転換期が来ることは、理解している。立石が引き金を引き、持田はどんな場所からでも脱出させる。その組み合わせの化学反応が上層部に伝わってから今日までの五年間は、ほとんどの仕事を二人組でこなした。
「順番からすれば、お前が先だろ」
 立石は、左側頭部に残るたんこぶを撫でながら言った。二日前、持田が急加速させたセドリックグランツーリスモがバランスを崩し、本来なら一度のふらつきで戻るところが、反対側にもう一度大きく振られたことで、その代償として立石はサイドウィンドウに頭をぶつけた。
「でかい車は、急な動きが苦手だ」
 持田が言い訳するように呟いたとき、マスターがアイスコーヒーを三つ持ってくると、先に並べたコースターの上へ置いた。立石が小さく頭を下げ、持田が煙草を灰皿に置くとストローを自分の方へ向けた。矢崎は様子を窺っていたが、二人が一口飲んだタイミングでようやく自分の分に口をつけた。
 パールは八十年代に開業したばかりだが、直射日光で窓のステッカーは焼け、スモークを張っていても店の中は明るい。無言でコーヒーを飲み終えた後、持田が腕時計を見て、促すような目を矢崎に向けた。
「あと五分で出る」
 矢崎は電気ショックを受けたように立ち上がり、言った。
「車を冷やしてきます」
「行け。いちいち言わなくていい」
 持田が言い、矢崎が小走りで出て行く背中を見ていた立石は、言った。
「もうちょっと、優しくしてやれよ」
「おれ達と二歳しか違わないんだぞ。二年前、あんな感じだったか?」
 向かい合わせに座り直した持田は、マスターの方を向いた。
「ちょっと個人的な話があるんですが」
 マスターは口角を上げてうなずくと、カセットデッキに接続されたイヤホンを両耳につけて、新聞を広げた。他に聞き耳を立てる人間がいなくなり、店内を冷蔵庫のように冷やすエアコンの唸り音が存在感を増し始めたとき、持田は言った。
「子供が一歳になった」
 立石は祝うように、空になったアイスコーヒーのグラスを持ち上げた。持田相手なら、個人的な話をすることは、よくある。しかし未来形の話はしないことが多い。子供の話なら、『もうすぐ生まれる』ではなく、『実は生まれていた』が正しい会話のやり方だ。
「うちは、こないだ二歳になった」
 立石は言った。所帯の話はあくまで、親しいモズの間で。事情が違うとすれば、立石の妻である雪奈が、引退を成功させたモズだということ。銃を片手に血まみれの現場を渡り歩くタイプではなく、毒殺用の薬品を調製する裏方の仕事をしていた。
「雪奈さん、元気か? 喧嘩になると、毒入りコーヒーを出してきそうだ」
 持田が言い、立石はうなずきながら笑った。
「あいつはそんなに回りくどくない。本当に怒らせたら、寝てるときに注射を打たれて終わりだよ」
 テーブルの上に置いたエコーとライターの箱を掴むと、持田は腰を浮かせながら言った。
「お前がエレベーター係になれば、家族でホテルに遊びに行ける」
「馬鹿言うな」
 立石は持田と同じ仕草で立ち上がり、スモーク張りの窓から白のスタンザを見た。運転席に座る矢崎が、エアコンの風を確かめるように送風口へ手を当てている。持田が正面の扉を開けたとき店の電話が鳴り、いつの間にかイヤホンを外したマスターが受話器を上げると、カールした線をほどきながら挨拶を繰り返して、立石を手招きした。
「ホテルから。立石くん宛てだよ」
 持田が吹き込んだ熱風ごと店の外へ出て、扉を閉めた。カウンターまで戻ると、立石は受話器を受け取った。
「お願いごと、いいかな?」
 声の主は、友恵。雪奈と同い年で仲が良く、人事を担当していた。単刀直入で、会話の相手をばっさりと三枚おろしにする。
「友恵さん、お久しぶり」
 立石はそう言って、まだ絡まっている電話の線をほどいた。友恵は電話の向こうで笑い、小さくため息をつくと言った。
「私はクジャクだよ、部屋の管理係。早く覚えてよね。立石くんが、モズとか言うからだよ」
「思いつきに、随分尾ひれがついたな。みんな鳥の名前って。処理役とか、どう呼ぶんだ?」
 立石が言うと、友恵は声を出して笑った。
「カラスだってさ」
 立石は、棘がありながらもどこか誇らしげな友恵の口調に、口角を上げて微笑んだ。友恵が上層部のお気に入りであることは確かだ。部屋の管理係が最も事情通で、立場としてはかなり上になる。立石は咳ばらいをすると、少しかしこまった口調で言った。
「クジャクさん、もう出ないといけないんです」
作品名:Props 作家名:オオサカタロウ