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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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『ツグミに会って、地図のコピーを見せてもらえ。あと、用意した車も。サンドイッチを必ず渡せよ』
 装備と地図を調達するのは、ツグミの仕事だ。この店は管理側と現場を繋ぐ接点になっていて、ホテルを管理している人間にも顔が利く。表立っての情報共有は認められていないが、ちょっとした差し入れでその境界を超えられるのは、普通の企業と変わらない。違うのは、進退に人命までが含まれていて、それをアザミが管理しているということ。
 立石は、静かにハイボールを飲む双葉から目を逸らせた。時間が経てば、『何もしませんよ』という言葉が説得力を持つとでも思っているのだろうか。自分の仕事ぶりに不満があるわけではないだろう。見張りの仕事はあくまで、見張ることだ。双葉は一人前のモズらしく感情を隠しているが、それは顏にしか効果を発揮していない。グラスを握る骨ばった手は、本音を語っている。
 おそらく、城見は裏切られたのだ。
「お節介ですが、私にも似たような経験があります」
 立石が言うと、双葉は会話をリセットするように、グラスをコースターの上に戻した。立石は、その用心深さを見て安心したように小さく息をついた。会話を繋いで聞き出したら、そこから先で耳に入る情報は全て、自分の責任で仕入れたことになる。双葉はそこまで冷静さを欠いていない。立石は続けた。
「昔の話ですよ。私も、最初からここの店主だったわけではありません」
 双葉がうなずき、立石は苦笑いを浮かべた。自分自身を嘲る笑いには、ほとんど薬のような苦い味すら感じられる。おれと同じような道を辿ってほしくない。でも、失敗した仕事というのは、いつも同じだ。
 立石が何らかの返答を待っていると、双葉はたった今思い出したように、唐突に言った。
「城見には、妻がいました。来月、息子が生まれる予定だったそうです」
「どうして、過去形なんです?」
 立石が訊くと、双葉はそれが当然であるかのように、肩をすくめた。
「城見を通しての知り合いだからです。あいつが死んだ以上、おれの人生に関係はなくなる」
 わざわざ饒舌に語るのなら、もう間違いはないだろう。双葉は、度数を示す最小限のラベルが張られただけの、劇薬のような若いウィスキーと同じだ。モズは結婚していようが、愛人がいようが、子沢山だろうが、自分自身以外のことはホテルに話さない。誰も禁止はしていないが、話すと引退時に芋づる式に家族にまでその手が伸びるかもしれないという噂話が、特に尾ひれもつくことなく、暗黙の了解として定着しているからだ。しかし、それがモズ同士となれば、話は全く異なる。双葉と城見との間には、お互いのことを共有するような人間関係があったのだろう。
「例えばですよ」
 双葉は、少しだけ上ずった声で言った。立石が耳を傾けると、続けた。
「例えば今夜のことで、おれが引退する羽目になったとしたら。それは、おれで終わるんですか?」
 立石は、双葉の目を見返した。同じ酒を同じペースで喉から流し込んだから、同じことを頭の中で考えていたのか、それは分からない。ただ、双葉の頭の中は、実際に物事が動くスピードよりも、ワンテンポだけ遅い。だからこそ、それが命取りになる。もし引退するとしたら、それが行われるのはここだ。
 失敗した仕事の理由を探っているに違いないアザミが誰を見逃すか、それは分からない。少なくともツグミは、あの薄暗いホテルの食堂で『事情聴取』されて、もう色々と訊かれた後だろう。おそらく、数時間の内に結論が出る。双葉と米原は、失敗の原因として一番目に来るだろう。次が、偵察組の矢崎と長岡。仮に、アザミが双葉の自信を『慢心』と捉えた場合。
 双葉の命はあと数時間だ。
 立石は時計を見上げた。ボウズはサンドイッチ片手に、ツグミを探してホテルの中を歩き回るだろう。そして、用を終えたボウズが戻ってくるまでに、少なくとも一時間はかかる。ボウズが剃刀を振らない限りは誰も死なないが、時間稼ぎはこれが限界だ。
 双葉のことは、気に入っている。言葉遣いが丁寧なだけではなくて、その考え方の一部が、パールの店主になる前の自分と細い線で繋がっているように感じる。長い沈黙の後、立石はようやく言った。
「おそらくアザミさんは、先に手を出した人間を許しません」
 双葉が千枚通しのような鋭い目を立石に向けたとき、外で急ブレーキの音が響いた。荒っぽい運転で駐車場に入ってきたシルバーのプリメーラは車体を傾けながら反転させると、駐車場の枠を無視した状態で停まった。双葉はハイボールを飲み干すと、言った。
「ごちそうさまです」
 運転席から降りてきた矢崎は、立石より二歳年下なだけで、モズの中では最古参に入る。三十年前、モズという呼び名を決めたときにも隣にいて、太鼓持ちをするように愛想笑いをしていた。後部座席からスポーツバッグを引きずり出す様子を見ていた立石は、言った。
「先ほど、もうひとり来ると言っていましたが。矢崎さんのことですか?」
「そうです」
 双葉は出迎えるために席を立ち、体ごと入口を振り返った。立石は背中に呼びかけるように言った。
「今から三十年前。彼は、私の後輩でした」
 双葉は答えなかったが、言葉が頭に刻まれたことは立ち姿から分かった。スポーツバッグを持って入ってきた矢崎は、テーブル席の上にそれを放り投げるように置いて、滑り止めのような短い毛が密生するごま塩頭を撫でつけた。
「どうなってんだ」
「いらっしゃい」
 立石が愛想笑いを浮かべると、矢崎は初めてカウンターの存在に気づいたように、立石の方を向いた。
「ミラーはあるか?」
 立石は冷蔵庫からミラーライトを一本取り出すと、栓を抜いた。カウンターまでやってきた矢崎は、瓶をひったくるように取り、一口飲んだ。
「双葉、テーブル席だ」
「はい」
 矢崎が奥に腰を下ろし、さっきまで米原が座っていた場所に、双葉が座った。隣のテーブルに置かれたスポーツバッグの中身は、おそらく暗視装置とライフルだろう。
「なんで、ここで油売ってるんだ? 米原と長岡はどうした?」
「ここには、自分しかいません」
 双葉は呟いた。矢崎はスポーツバッグを指差した。
「装備は回収してきた。ただ、全部じゃない。おい、立石。ボトルだけ置いて、ちょっと裏にいろよ。カニ爪はどうしてんだ?」
 立石は矢崎の目をまっすぐ見返すと、言った。
「外出中ですよ。どうぞ、好きなだけお話しください」
「それにしても、お前は忍耐力の塊だな。よくあんなのを飼って、三十年もやってるよ」
 矢崎が笑いながら言い、立石は返事の代わりにオールドグランダッドのボトルをカウンターに置いた。それを手に取ると、矢崎は双葉の方を向いた。
「ちょっと一杯付き合え」
「はい」
 双葉はそう言うと、右手を一度閉じると、伸びをさせるように開いた。立石が出したショットグラスを二つ手に取った矢崎は、双葉の向かいに座った。ショットグラスにウィスキーを注ぐと、カウンターの方に目を向けた。
「辛気臭い曲を消せ。いや、逆か。聞かれたくねえから、うるさいのを頼むわ」
作品名:Props 作家名:オオサカタロウ