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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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 アザミは、現在の人事。三年前にホテルに戻り、前任は玉突きでホテルの経営陣に昇格した。この仕事は、人が全てだ。引き金を引く瞬間までは、人と同じように笑い、怒り、悲しめなければならない。その切り替えが早ければ早いほど、優秀とされる。立石が目でもう一度だけ確認すると、双葉はダメ押しをするように、首を横に振った。立石を商売に引き戻すように、よく売れるボトルが並ぶカウンターテーブルをちらりと見て、言った。
「十五分後に、一人来ます」
 立石はうなずいた。踵を返して席に戻ろうとする双葉に、言った。
「誰が来ますか?」
「偵察組です」
 双葉は振り返ると、口角を上げて微笑んだまま足を止めた。立石は言った。
「それで全員ですか?」
 双葉がうなずき、立石は不意に聞こえてきた足音の方向を振り返った。ボウズが歩くと、床までが不器用に軋む。
「起きたのか」
「へい」
 返事のために猫背を少しだけ起こすと、ボウズはうなずきながら元の姿勢に戻った。寝起きらしく、目は血走っている。双葉が頭を下げて、言った。
「すみません、起こしちゃいましたか」
「いえ……」
 ボウズが自分の眠気すらよく分からない様子で首を傾げたとき、立石は言った。
「二人とも、ホテルに行かなくていいんですか?」
「今からですか?」
 双葉が顔をしかめた。立石はうなずいた。米原は相変わらず、顔が青白い。ボウズの背中を押して脇に押しやると、立石は新しくウィスキーグラスを出して、カリラの三十五年を置いた。ラベルを一瞥した双葉は、頭の中に渦巻いていた色々なことを脇へ置いたように、目を大きく見開いた。立石は言った。
「口を割るには、これが一番です」
 冗談めかした言い方に、双葉は笑った。立石は中身をグラスに薄く張ると、差し出した。
「何が起きたんです?」
「立石さんも飲みましょうよ。それなら話します」
 双葉が言い、それが冗談でないことを口調から悟った立石は、グラスを一つ手元に寄せて、カリラを注いだ。それが合図になったように、双葉はグラスを掲げると一口飲んだ。一拍遅れて立石が同じようにグラスを傾けると、言った。
「待ち伏せです」
 立石の注意を十分に引いたことを確認してから、双葉は続けた。
「偵察組のゴーサインが出た後、引き金を引くのは城見と三好兄弟で、おれと米原は見張りでした。地図には、駐車場から分かれた登山道が二本しか書かれてなかったんです。ちょうど林が開けたところで、城見は死にました」
「他に道があったということですか?」
 立石が言うと、双葉はうなずいた。
「そうでないと、おれ達と出くわさずに林へ出入りすることは、できなかったはずです。銃声が鳴ってから待ってましたが、誰も出てきませんでした」
 まだ頭に血が上っている。立石は、双葉がウィスキーに口をつけるのを眺めていたが、米原に視線を向けた。
「米原さんは、大丈夫なんでしょうか?」
「あいつだけ、ホテルに帰した方がいいかもしれないですね」
 双葉が言い、立石はボウズの方を向いた。
「ホテルまで送れるか?」
「へえ」
 ボウズの返事を見計らいながら、立石はチルドになった棚から一口サイズのハムサンドイッチが四つ入った紙箱を出し、差し出した。
「手ぶらでホテルに行くなよ」
「へっ」
 自分が食べる分と思った当てが外れたように、ボウズは顔をしかめた。指が揃っている方の手に紙箱を掴ませると、立石は出口へ向けて、顎をしゃくった。
「早く行け」
「へい」
 ボウズはそう言うと、気取った仕草で鍵束を手に取ると二本指に引っかけ、キーリングをくるくると回しながら首で空気をかき分けるように歩き出した。米原の肩にぽんと触れ、ボウズは外を指差した。
「クルマ」
 跳ねるように立ち上がった米原が後ろをついて、二人は外へ出た。しばらくしてエンジンを空吹かしする音が響き、シルバーのスカイラインセダンが国道に合流していった。舗装路に出るときの荒っぽさは、何度言っても直らない。ボウズは言葉数が少ない。幼児のときに側頭部の右側を散弾で抉られて、頭の一部が正常に機能していないからで、会話を交わした人間は大抵、頭の中身も口下手な通りの出来具合だと判断する。実際には、話すのが上手くないだけで、考え自体は明晰だ。ただ、鞄を肩から掛けたり、自分の動きが制限されるような荷物は徹底して嫌うから、エプロンすらせず、常に猫背で手ぶらのままだ。
 立石は、再び静かになった店内に意識を戻した。曲はいつの間にか切り替わり、トミーコリンズのブラックキャットが流れている。店内に二人だけになったことを確認するように、双葉は一度後ろを振り返ると、前に向き直り、空になったグラスを寂しげに眺めた。
「おれは正直、自信がなくなりました」
 立石は、ハイボールグラスに小ぶりのロックアイスを敷くと、その上からカリラのボトルを傾けた。高いウィスキーが容赦なくソーダで埋められていく様子を見た双葉は手で止めようとしたが、立石は完成したハイボールにブラックペッパーを散らして笑った。
「酒は、ボトルに守られている内が華です。グラスに出てしまえば、ただの酒になってしまう」
「立石さんがそれを言いますか」
 双葉が言うと、立石はハイボールを差し出した。
「モズも同じですよ」
 双葉は遠慮がちにハイボールをひと口飲み、罰が当たったように眉を曲げた。立石は自分のために注いだウィスキーを一気に空けると、呟くように言った。
「この仕事は、長生きできませんよ」
「食っていける気は、してました」
 双葉は、数時間前の自分を思い出すように呟くと、さらにハイボールをあおった。立石は言った。
「私がアザミさんだとして、同じことが言えますか?」
「冗談でしょう」
 即答。それで正しい。立石は、壁にかかった時計を見上げた。後七分で、一人が合流する。そうなれば、双葉はまた仕事の顔に戻るだろう。
「双葉さん、ここで何をする気か知りませんが、事前にホテルに話を通すべきです」
「何もしませんよ」
 双葉は両手をひょいと上げて、言った。本当にそうだろうか。立石は、その様子を見ながら、カワセミからの電話を思い出していた。
『矢崎と長岡が偵察組、引き金は城見と三好兄弟、見張りが双葉と米原』
 城見と三好兄弟は死んだ。双葉は、あと一人来ると言った。つまり、矢崎と長岡のどちらかが足りない計算になる。この仕事は、相互監視で成り立っている。ホテルは必ず第三者の目を作っていて、綻びが生まれたときの確認に使う。場所柄、その第三者の目にされることは少なからずあった。そして、その目を欲しがっているのは、大抵の場合アザミだ。
 三十二歳、女性。小柄で細身。トレードマークはダークカラーのスーツと、顔に合っていない大きさの黒縁眼鏡。外見的な特徴をざっくりまとめると、アザミはオフィス街を歩く会社員とさほど変わらない。むしろその顔つきは、年齢より幼く見えるぐらいだ。問題は中身、というよりはその頭脳。ほとんど千里眼のようにも思える情報収集力と思い切りの良さは、双葉に不用心な言葉を呑み込ませるには、十分すぎる。
 立石はスマートフォンに視線を落とすと、ボウズにメールを送った。
作品名:Props 作家名:オオサカタロウ