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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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― 現在 ―

 何度も塗り直された『喫茶パール』の看板。副題のように書かれた『炭焼珈琲』の方が塗料が新しく、目立っている。この業界でモズと呼ばれる現場職が定期的に立ち寄る喫茶店で、夜は酒も提供する。人間を百舌鳥になぞらえるのは、その満腹でも獲物を串刺しにする習性から。彼らが受ける依頼にもメニューがあって、注文に応じて商品が提供されるという点は、喫茶店と同じだ。違うのは、注文で名指しされた誰かが、注文通りのやり方で、この世からいなくなるということ。
 深夜三時半、店主の立石がオーク材で造られた重厚なカウンターテーブルを拭き上げていると、革張りのソファに座る双葉が指を鳴らした。
「マスター、イエーガーマイスターをショットで三つ、お願いします」
 その堂々とした振る舞いが証明するように、三十歳を目前にした双葉は、モズの中でも腕利きだ。モズの鬼門は四十代で、ここで命を落とす連中が多い。それをどうにかやり過ごせば、最古参の五十代に仲間入りする。そこまで生き永らえた運の強い連中は、二人しか知らない。そして、世代交代が起きるとすれば、双葉はその先頭にいる。どこにいても機械のように丁寧な言葉遣いを崩さないタイプは珍しく、内勤向きにも見える。大抵のモズはこういう拠点をストレス解消の場と思っている節があって、好き勝手に暴れるし、横柄に振舞うことが多い。
「レモンはいかがですか?」
 立石が尋ねると、双葉は微笑を浮かべながら首を横に振った。
「いえ。そのままで大丈夫です」
 目で応じると、立石は棚からボトルを下ろして、上下逆さまになったショットグラスを三つひっくり返した。モズ達からすれば、物騒な人間御用達の喫茶店を守り続けてきた還暦目前の店主に見えるだろうし、実際にそれで間違ってはいない。真っ白のワイシャツにグレーのベストという出で立ちに、四角の黒縁眼鏡。完全に様式化され、そのキャラクターから逸脱しないことが、この仕事を続ける上では護身になる。
 今から三十年前、このどうしようもない連中をどう呼ぶか考え始めたとき。当時生まれて間もない子供のために揃えた図鑑セットの中身を覚えていて、『そういや、百舌鳥は意味もなく殺すらしいですね』と言ったことで、呼び名が決まった。パールの店主になってからも、その所作から何人かが『立石さん、昔は現場だったでしょ』と見抜いたが、今時点で生きているモズの中にはいない。そうやって少しずつ、昔取った杵柄は額縁に自分から入っていき、時代は変わる。
 ショットを三つ作ってカウンターに置くと、取りにきた双葉が言った。
「何か、曲をかけてもらえますか」
 立石がうなずくと、双葉は一緒に飲んでいる米原の向かいへ戻っていった。米原は二十代前半で、まだ経験が浅い。だからこそ、こういう事態には慣れていないだろう。今から二時間前にホテルから電話があり、カワセミは『上手くいかなかったそうです。もし顔を出したら、もてなしてやってください』と言った。そのさらに一時間前、つまり、今から三時間前の話だが、双葉と仲が良かった城見と部下の三好兄弟が、林の中で全滅した。三つ目のショットグラスは、この世を去った城見の分だろう。思い出せる限り、城見は気難しい男だった。仕事が終わると朝にやってきて、フレンチトーストに、唐辛子で強面になったボロニアソーセージを注文する。一度だけ、いつも通りのソーセージを切らしていたときは、銃を抜くのではないかと思うぐらい険しい目つきになった。今の双葉と米原はTシャツにジーンズという軽い出で立ちだが、城見は真夏でも必ずスーツを着るような人間だった。
 立石がノートパソコンに目線を落とし、ピンクフロイドのタイムを再生すると、イントロのチャイムの音で米原がびくりと肩をすくめ、双葉がちらりと視線を寄越した。立石は、その目の中に満足感を見出すと、小さくうなずいた。城見は、昔の曲が好きだった。双葉も、車で聴かされるのはうんざりしていただろうが、今後、誰が同じ曲を車でかけたとしても、それは城見ではない。窓の外に見える国道は真っ黒で、双葉と米原が乗ってきた白いアルテッツァだけが、浮かび上がって見える。リアバンパーには黒の塗料痕があって、ホイールにも同じ色の擦過痕。今から三十分ほど前にやってきた双葉は『ちょっと時間ができたので寄りました』と言った。
 ポケットの中で携帯電話が鳴ったことに気づいた双葉は、立石の方を向いた。他に客はいない。立石が目の動きだけで店内をぐるりを見回して口角を上げると、双葉は通話ボタンを押した。しばらく相手が話すのを聞いた後、言った。
「今ですか? パールにいます」
 電話の相手は、仕事に同行していた連中だろう。立石はスピーカーのボリュームを下げた。しばらく相槌を打っていた双葉は電話を切ると、立石に言った。
「今日は、ボウズさんはいないんですか?」
「ボウズで構いません。寝てますよ」
 立石が言うと、双葉は口角を上げた。ボウズは、左手の指が親指と人差し指しか残っていない三十代の冴えない男で、昔は『カニ爪』とも呼ばれていた。今でも年配のモズはそう呼ぶ。背丈はあるが、猫背のせいでかなり縮まり、常に見上げるような人相の悪い目は、慣れたモズですら視線を逸らせるぐらいに険悪だ。ボウズの仕事は主に、酒が入って動けなくなったモズをホテルまで運ぶ運転手役。運転だけではなく、この業界で極めて有用な特技もある。それは、剃刀の扱い。カニ爪と呼ばれる二本指の左手に金属製の装具をはめて、金具で剃刀を固定すると、それは全く滑ることのない恐ろしい凶器になる。合図は色々とある。例えば、カウンターの上に置いた左手を横に滑らせたり。それ以外の凶器は、カウンターの後ろに置いた銃身とストックを切り詰めたレミントンM870だが、装填されている四発の散弾は非致死性のラバーペレットだから、店内で人を殺す能力を持つのは、ボウズだけということになる。
 ここは、モズがこの業界に入るときの顔合わせに使われる。羽根を休める間は気分よく酔っ払えるし、代金は取らない。そして、本人の意思に関係なく引退が決まったときも、同じように使われる。例えば、米原が浅く座るソファは、背もたれが通路の方を向いている。背後を気にする人間なら直感的に避ける『お別れ席』のひとつだ。剃刀で首を切るときにボウズが髪を掴みやすいよう、背もたれが少し低くなっている。モズが公式に引退するときは、人事がひとり同席し、向かい合わせに座る。その引退に事情があればあるほど、人事にかかるプレッシャーは大きくなる。あまりに目が狂っていれば、その人事がお別れ席に座る羽目になる可能性もあるからだ。
 立石が、オレンジ色に照らされた薄暗い店内をぼんやりと見ていると、双葉が空いたショットグラスを三つともカウンターへ返しに来て、言った。
「アザミさんは、ホテルにいますか?」
「確認しましょうか?」
 立石が言うと、双葉は首を横に振り、申し訳なさそうに肩をすくめた。
「いえ、大丈夫です」
作品名:Props 作家名:オオサカタロウ