小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Props

INDEX|11ページ/12ページ|

次のページ前のページ
 

 持田の妻が庇い切れなかった子供。散弾と跳ね返った床材は、その子供から側頭部の一部と左手の指を奪った。自分がもたらした結果は三十年間、自分のすぐ隣で不器用に成長し、誰かが当たり前のように言った『親子らしい』という無責任なひと言が伝播して、それが真実になった。
 アザミが振り返ると、立石の目を見て言った。
「オレンジジュースをもらえますか」
 立石は頷くと、オレンジを冷蔵庫から出して、ミキサーにかけた。右手にコースターを持ったボウズは、神経質な仕草で立石の方を一度見ると、オレンジジュースが作られるのを待ちかねているように、瞬きを繰り返した。立石は視線を一度だけ返すと、氷が待ち受けるグラスにオレンジジュースを注ぎ、ボウズに差し出した。左手から突き出す、薄っすらと錆が浮いた金属製の装具。その先に剃刀が光っている。
 ボウズはコースターとグラスを右手で持つと、アザミのところまで持っていき、テーブルの上に置いた。アザミはその目を見上げると、うなずいた。ボウズは首を突き出すようにうなずき、体を起こした。ソファをぐるりと回り込むと矢崎の顎を掴んで引き上げ、その首を剃刀で真横に切り裂いた。真っ黒に開いた傷口から血があふれ出し、双葉が目を見開いてソファの中で少しでも安全な場所を探すように、体を捩った。うがいのような音が消えたとき、それで初めて会話が終わったように、アザミはオレンジジュースをひと口飲むと、立ち上がった。ボウズを呼び寄せると、子供の世話をするようにシャツの前を開き、テープで留められた集音マイクを外して、微笑んだ。
「無理を聞いてくれて、ありがと」
 立石は、小さく息をついた。ボウズは帰ってきてから、いつもと違う仕草をずっと見せていた。直感は当たっていた。アザミは自分がいないところで交わされる会話を聞きたかったのだろう。ボウズの前で矢崎にぺらぺらと喋らせたのは、結果的に正解だった。アザミは、血の気を失った双葉の方を向くと、言った。
「アルテッツァでホテルへ向かって。カラスには話してあるから。その後、私の部下が呼び止めると思うけど、話を聞いてほしい」
 ボウズが装具を外して、剃刀の血をタオルでふき取りながら、首を横に振った。
「酒」
「双葉さん、飲んでるの? そっか。じゃあ、もう一往復頼めるかな」
 アザミが言い、ボウズはうなずくと、ようやく体の動かし方を思い出したような双葉に言った。
「これも」
 矢崎の死体を指差し、双葉は自分の役割を思い出したようにその足を持ち、ボウズと一緒に外へ運び出した。双葉がボウズに『トランクは満員です』と呟き、ボウズが肩を揺すって笑った。立石は、二人がアルテッツァの後部座席にビニールシートを敷く様子を眺めていたが、ふと空を見上げた。夜が明け始めていて、その色は紺色に変わりつつある。
 店に入ってドアを閉め、カウンターの裏へ戻ったところで、オレンジジュースをコースターごと持ち上げたアザミは、カウンターまで移動すると、立石の真向かいに腰掛けた。
「ボウズさんには、無理を言ってしまいました。すみません」
 アザミが色々な場所で恐れられているのは、その物腰の柔らかさによるところが大きい。立石は言った。
「双葉はホテルで、別の仕事を割り振られるんですか?」
「からくりを見ちゃったので、現場からは引いてもらいます」
 アザミは少女のように屈託のない笑顔を見せると、オレンジジュースをひと口飲んで、続けた。
「次に私がオレンジジュースを頼んだら、逃げるでしょ」
「まあ、そうでしょうね」
 立石は苦笑いを浮かべると、いつも通りの仕草でテーブルを拭き上げ、小さく頭を下げた。引退の方法は色々あるが、双葉からすれば命を約束されたのだから、申し分ないだろう。復讐を選ばなかった先にも、人生はある。
「慌ただしかったもので、散らかっていて申し訳ないです」
 立石が言うと、アザミは目を伏せながら首を横に振った。
「もし、まだ元気が残っているなら……」
「何でも作りますよ」
 立石が言うと、アザミは頬を緩めた。
「ターキーサンドイッチを作ってもらえますか? 今回のことで、ほとんど寝てないんですよ」
 立石はうなずくと、冷蔵庫からターキースライスの入ったジップロックとレタスを取り出した。復讐を選んだ後の人生について双葉に予習させたかったが、結局のところ、その必要はなかった。どの道、『本当の終点』については話せないのだ。
 鳥の名前で呼ばれるホテルの人間は、その呼び名だけを残して次々と代替わりしてきた。友恵は、初代の『クジャク』を五年務めた後、上層部の人間のひとりになった。
『あなたの子供はホテルに預けるからね。その意味は分かる?』
 手が勝手に動いてターキーサンドイッチが作られている中でも、頭を支配する言葉。当時、意味など全く分かっていなかった。言葉を交わすことは許されないが、時折ホテルへ顔を出したときに、その姿を遠目に見ることだけは許された。雪奈が守り抜いた娘は、十二歳になったとき、突然ホテルからいなくなった。
『拠点に入り込んでもらうことになった。あなたの娘は天才だわ。頭がすごくいいらしい』
 クジャクでなくなった友恵は、かつての性格を取り戻したように、誇らしげに言った。それから一切の接点はなくなったが、数年前にドライブインユニオンが拠点としての機能を失ったとき、経営者の娘として入り込んでいたホテルの人間が戻ってきて、人事の職に就いた。ホテルに行ったとき、ばったり出くわした友恵から耳打ちされて、それが自分の娘だということを知った。復讐を選んだ代償は、娘の顔を二度と見られないことだと、勝手に決めつけていた。しかし、その陳腐な覚悟はあっさりと役を解かれた。
『今のあなたにそっくりの黒縁眼鏡をかけていて、古い曲が好きみたい』
 皿に乗せたターキーサンドイッチを静かに置くと、目を閉じかけていたアザミが自分に喝を入れるように姿勢を正し、立石に言った。
「すみません。なぜか、ここにいると気が抜けるんですよね」
「疲れたでしょう。ごゆっくり」
 そう言うと、立石はパソコンの画面に視線を向けた。数万曲が入っているが、そのほとんどは、アザミが好んで聴くらしい、半世紀前の古い曲だ。グレイトフルデッドのアルバムを途中から再生すると、スピーカーの中で歌手が歌い出すよりも前に、アザミは顔を上げた。
「ブラックピーター。あ、いただきます」
 立石が微笑むと、アザミは歯を見せて笑い、ナプキンで手を拭いてサンドイッチを手に取ったが、疑問が喉につかえていることを思い出したように、顔を上げた。
「双葉さんはどうして、すぐに矢崎さんを殺さなかったんでしょう?」
「殺された城見さんに家族がいたと、言ってましたね。そういうことに怒っているときは、相手に分からせるために、長々とお膳立てしてしまうものなんです」
 立石が言うと、アザミは肩をすくめた。
「そうなんですか。私、人事としては、その気持ちを分からなければいけないんですけど。自分が家族いないから、理屈でしか分からないんですよね」
作品名:Props 作家名:オオサカタロウ