火曜日の幻想譚 Ⅴ
502.落とし物
彼女とのデートの帰り、家の鍵をなくした。
かばんの中やボケット、どこを探しても出てこない。
行ったお店にも連絡したが、それらしい落とし物はないとのこと。仕方がないので、警察に遺失物の連絡をした後、鍵のお店の人に来てもらった。話を聞くと、鍵を誰かが持っている可能性が高いので、鍵穴ごと替えてしまったほうがいいだろうとのこと。
手痛い出費になったなあと思いながら、新しい鍵を新しい鍵穴に差し込み、新しくもないわが家に入る。ようやく落ち着いたところで、そういえば彼女に連絡してなかったなと思い、電話して鍵をなくした話をした。
「結局、鍵穴まで替えちゃったんだ」
彼女の言葉は、どことなくそっけない。
「だって、セキュリティ、危ないって言われたし、実際その通りだと思ったし」
「ほんと、昔からだらしがないよね。その上、勝手に自分で決めちゃうところもあるし」
スマホ越しの彼女は、なぜだかいつも以上に手厳しい。
「だって、見つからないんだから、しょうがないだろう」
「落ち着いてちゃんとよく探したの?」
「もちろん。今日、行ったお店にも連絡したけど、そんな落とし物はなかったって」
「お店よりも前に、なんで当日、ずっと一緒にいたあたしにまず確認しないのよ」
「え?」
「あんたがお店で落としたのを、あたしが拾っておいたのに」
「ええ! それならなんで早く言ってくれなかったんだよ」
「ちゃんと聞いたでしょ、忘れ物とかはないかって、酔っ払っててろくに聞いてなかったみたいだけど」
「……いや、そういうことじゃなくて」
「ちょうどよかったじゃない。あたしが持ってる合鍵も使えなくなったから、2本まとめて責任を持って処分しておくわ。私たちもう終わりにしよう」
「いや、なんでそんな話になるんだよ!」
「あまりにもだらしがないから、愛想が尽きた。じゃあね。さようなら」
通話はそこで切れた。
どうやら、家の鍵を落とす前に、もっと重大な落とし物をしていたようだ。ツーツーと鳴り響くスマホを握りしめ、いろんなものを失った僕は、ただただぼう然とするしかなかった。