火曜日の幻想譚 Ⅴ
503.目覚まし時計のせい
その男は、ある疑念を持っていた。
男は、常々その疑念を頭に思いながら、不本意な生活を余儀なくされていた。しかし、今日、起きたことをきっかけに、その疑念の元をとうとう取り除いてしまおうと思い立ったのだった。
男はときどき寝坊をする癖があった。無意識にアラームを止めてしまい、そのまま二度寝という名の、得も言われぬ快楽にふけり込んでしまう。その後、数分で起きることができたのならまだいい。ひどいときにはお昼前まで眠ってしまい、上司に叱られることも多々あるほどだった。
今日も、男は盛大に二度寝を決め込み、激しく怒られた。次、やらかしたら分かっているなとまで言われた。具体的に言ってしまうと、もう一回遅刻したら解雇もやむなし、ということだ。
男はここまで追い詰められたことで、先述した日頃の疑念を晴らそうと考えた。むしろそれさえ晴らせば、全てはうまくいく、そうとすら考えていたのだ。
その疑念とは、目覚まし時計が、二度寝の気持ちよさを知っているのではないか、ということだ。
なぜ、このような疑念を抱くことになったのか。それは簡単なことだ。
あいつらは頭頂部のボタンを、ほぼ無意識の持ち主に殴打された後、いつだって何も言わず黙りこくっているではないか。まれにスヌーズ機能を用いて食い下がるものもいるが、そいつらだってたかが知れている。
そうして、二度寝に興じるわれわれを無言で傍観し続け、慌てて起き出すまで、いつも黙ってみている。目覚まし時計という生き物は、そういう性格の悪いやつなんだ。
こういう事態が頻繁に起こるのは、目覚まし時計が二度寝の気持ちよさを知ってるからに違いない。分かっているからこそ、手心を加えてアラームの音を小さくさせている。そして止められた後、あいつらはニヤニヤしながら、むさぼり眠るわれわれを無言であざ笑っているんだ。
もうそんなやつらに、大切な目覚ましの役割は任せられん。ネジの1本までバラバラに分解して、二度寝の気持ちよさの記憶を消去してやる。
かくして男は、無遅刻無欠勤でアラームを鳴らし続けた目覚ましを、バラバラに分解してから眠りについた。
次、遅刻したら解雇だと言われた男が、翌日、何時に起きたかは、神のみぞ知る。