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火曜日の幻想譚 Ⅴ

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501.夏の強盗



 お金がない。家賃がもう払えない。

 仕方がないので、銀行強盗をすることにしよう。大抵の求人は未経験だと採用されないが、大抵の犯罪は未経験でも実行することは可能なのだ。

 まず必要なのは、顔を隠すものだ。人相がばれてしまっては、すぐ足がついてしまう。と言っても、家賃が払えない身の上だ。家の中は、洗い流したように何もない。
 探してみた結果、先日、虫を捕った際に使った網を見つけた。これをかぶっていけばいいだろう。この暑い夏の日だ。目出し帽もメッシュなほうがいい。そう思い被ってみると、中にトンボとセミがまだいたようだ。
「ジッ」
と短い鳴き声をあげ、セミは俺の頭頂付近へ逃げ込む。トンボのほうもおびえて俺の側頭部でじっとたたずんでいる。

 次は武器だ。虫かごの中に、メスのカブトムシとオスのクワガタムシがいた。売ればいい値段になりそうな気がしたが、ちっこくてせいぜい二束三文にしかならなそうだ。でも、こいつら甲虫ってぐらいだから、投げつければとても痛いだろう。飛び道具に比べれば心もとないが、ないよりはマシなはずだ。

 投げるものだけじゃなく、振り回すものもほしい。そう考えていたら、かぶっている虫捕り網の柄がプランプランと揺れているのに気が付いた。
「ああ、これでいいや」
俺は、柄と網の接合部を切り離し、柄の部分をやりのように持ちながら銀行へと向かった。


 銀行に着くと、先客、いや、先銀行強盗がいる。
「やい! 金を出せ!」
ものすごい形相で包丁を構えている、こちらはちゃんと武装しているようだ。だが、こっちだって金がないんだ。先に取られてしまう前にこっちが奪い取らねば。
「やい! こっちが先だ! 金を出せ!」
虫捕り網をかぶり、柄を振り回している俺を見て、銀行員があ然としている。お客さんは何だ何だとざわめき、警備員もなんだこいつ? という顔でこちらを見ている。

「てめえ。何だ! ふざけてんのか!」
ふざけていると思ったのだろうか。強盗は怒り声とともに、こちらに包丁を突きつける。だが、その包丁は、俺の振り回していた虫捕り網の柄にザックリ縦に突き刺さり、それっきり抜けなくなった。
「え、あ、え?」
慌てる強盗。
「こっちが本物の強盗さまだ。てめえはおとなしくすっこんでやがれ!」
「みみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみ」
勢いのまま、こっちの言い分を怒鳴ってみたが、いいタイミングで網の中のセミが鳴く。
「はぁ、なんて?」
「だーかーらー、てめえはすっこんでろって言ってんだよ!」
「みーみーみーみーみーみーみーみーみーみーみーみーみー」
やはり、絶妙なタイミングでセミが鳴く。
「この野郎! 何言ってっか分かんねえんだよ!」
強盗は奥の手とばかりに懐からピストルを取り出す。銀行員から悲鳴が上がる。俺は、すかさず虫かごを空け、カブトムシのメスをつかみ、強盗に投げつけた。
「スポッ」
カブトムシのメスは、ちょうど構えたピストルの銃口に入り込んだ。そのままぶっ放しても大丈夫なのか分からなくなったのか、強盗はピストルを構えて固まる。そのとき、虫捕り網からトンボが、虫かごからクワガタムシが飛び出した。2匹はしばらく宙を飛んだあと、強盗の顔にふわりと舞い降りる。そして、とんぼは左のまぶたをこれでもかというほど6本の足でつかみ、クワガタムシは、その自慢のクワガタで強盗の鼻柱をしっかり挟み込んだ。
「いたいたいたいたい」
銀行員やお客さんの間から笑い声が漏れ出す。そうしている間にやってきた警察によって、先にいた強盗は御用となった。

 今回の逮捕の立役者ということで、俺は警察から褒められた。でも結局お金はないので、明日もまた、強盗しに行くと思う。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅴ 作家名:六色塔