火曜日の幻想譚 Ⅴ
504.妻の声
悠平は、妻の雅美の葬儀を終えて以来、ずっと考え込んでいた。
ひつぎを火葬にする際、確かに妻のものと思われる叫び声を聞いたからである。
悠平が雅美に殺意を抱き、彼女に毒を盛ったのは事実だ。だが、声が聞こえたということは、毒が致死量に至らず、雅美はひつぎの中で蘇生したということになる。
このことは、二つの点で悠平を脅かすこととなった。
一つは、雅美が生きたまま火あぶりになったかもしれないということ。確かに彼女を憎んではいたし、毒殺だって決して楽な死ではない。だが、生きたまま火にかけてしまうほどの残酷な仕打ちを、彼女に与えたいとはつゆほども思っていなかったのだ。もう一つは、完ぺきなはずのこの殺害計画に誤算が生じたということだった。計画の基本となる毒物の量を間違えた、ということは、他にも大きな間違いをやらかしているのではないだろうか。その間違いから自分の殺意が明るみになるのではないだろうかという不安が生じてきたのである。
あの場にいた親族や火葬場の職員は、叫び声に気付いた様子はなかった。親族は悲嘆に暮れていたし、職員は自分のやるべきことに忠実だった。だが、もしもその中に不審に思ったものがいたら、妻の死の原因をあらためて調べられてしまうかもしれないのだ。
保険金で派手に遊びたいし、愛人とも一刻も早く逢いたい。しかし、今、下手に動いたら致命的になる可能性もある。悠平はほとぼりが冷めるまで、大人しくしているのが懸命だろう、そう考えた。
それから数年の時がたった。その間、罪の意識と犯罪発覚の恐れに十二分に苛まれた悠平は、何もかもが手につかなくなっていた。女性への興味は虚空へと消え去って愛人とは手切れになり、金は慈善団体にきれいさっぱり渡してしまった。周囲へのパフォーマンスという意味合いもあるにはあったが、それ以上に、もう人生を楽しむことのできる状態ではなかったのだ。
そんな折、親族の一人が病で亡くなった。再び集まった面々の神妙な面持ちの中、以前のあの火葬場で、今度は別のひつぎが火に焼かれようとする。その瞬間、悠平は再び雅美の声を聞いた。
その正体は、ひつぎが炉に入っていくときの台車レールのきしむ音だった。