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火曜日の幻想譚 Ⅴ

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505.野菜サラダ



 野菜を食べなければ。男はそう痛感しながら家路を急いでいた。

 健康診断の結果がひどかったのだ。コレステロール、尿酸値、血糖値……。ここで言うのもはばかられるような値が弾き出されていた。
 医者からは生活習慣病の恐ろしさをたっぷり教えられ、運動をして、さらに野菜を食べるようこってり油を搾られた。いや、油を搾られたといっても、悲しいことに怒られただけでは彼の肉体から油は一滴も出ていかない。自分自身で油を避ける生活をしなければ、恐ろしい病にかかってしまうのだ。

 まず運動だ。だがこれは、どうにかなる。知人がジムに通っているし、一緒に行こうというありがたい申し出を受けている。自分一人ではなかなか足が重いことでも、誰かが協力してくれるのなら頑張れるというものだ。
 問題は野菜だ。男は普段、全く野菜を食べない。情けないことに、ステーキの付け合せや、とんかつなどの揚げ物についているキャベツにすら箸をつけないぐらいなのだ。いい加減、本格的に対処しないとまずいことになるぞ、心中でそう自分に言い聞かせながら、最寄り駅の改札を抜ける。

 まずはしっかり野菜を食べる癖をつけよう。男はそう決意し、帰途を利用してスーパーに寄り、野菜をしこたま買ってから家に着いた。

 山盛りの生野菜を口中に運びながら、男は思う。まずい。全然食べられたもんじゃない、おなかも膨れない。どうしたもんかとあれこれ考えているうちに、ひとつの疑念に思い当たる。
 もしかしたらこれ、ドレッシングがまずいのではないだろうか。ドレッシングにちょっと手間を加えれば、もう少し食べやすくなるはず。いや、もっと言えば、ドレッシング次第で野菜を好きになれるのではないだろうか。
 遠回りになるのを覚悟して、男は、ネット上のドレッシングのレシピを調べてみた。そして、それらから編み出した自作のオリジナルドレッシングを試してみる。多少は食べやすくなったが、まだまだ遠い。彼は至高のドレッシングを創り上げるため、さまざまな調味料を試しつつ野菜を食していった。


 月日がたち、翌年の健康診断。適度な運動と理想のドレッシングを追い求める生活のおかげだろうか、数値は去年より下がっていた。まだまだ予断は許さないが、結果が出たことは確かだ。今後も最高のドレッシングを求めるべく、生野菜を食べる生活を続けていこう、そう男は考えたのだった。


 今日も今日とて山盛りの生野菜に、新作のドレッシングをかけてむさぼり食う。うん、うまい。だがせいぜい「良」止まりだ。改良の余地はまだまだある。そう思いながら、皿にこびりついたドレッシングをなめとる男。

 翌日も山盛りの生野菜とドレッシングの組み合わせ。うまい、うまい。しかし、究極には程遠い。今回は、少しドレッシングの量が少なかったから追いドレッシング、略して追いドレをしておいた。


 翌々日、三日後、四日後……。生野菜を食べる生活は続いていく……。

 しばらくして。男は、生野菜の量をはるかにこえるドレッシングを上からぶちまけ、ひたひたになった生野菜を食らい、ドレッシングでギトギトの皿を丁寧になめるようになっていた。

 でも、問題などあるはずがない、しっかり生野菜を食べているんだから。男は油まみれの唇を、同じく油まみれの舌でぺろりとなめ上げ、うっとりとした表情で油の余韻を楽しんでいた。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅴ 作家名:六色塔