火曜日の幻想譚 Ⅴ
510.閑古鳥と、ある男
昔々、あるところに1軒のお店がありました。
そのお店で働く男は、ちょっと変わっていましたが、正直で働きものでした。それなら、さぞかしお店も繁盛するだろうと思うかもしれません。しかし、彼がどんなに頑張って店頭で物を売っても、全く売れなかったのです。
売れない理由は簡単です。そのお店の前の道は、誰も通ることがなかったからです。
今日も男は店頭に立ち、大声で商品の魅力を説明します。しかし、誰も聞いていないのならば、その言葉には意味がないのです。
「はあ、今日も売れなかった」
男は肩を落として落ちこんでしまいます。そんな男の上空で、奇妙な鳴き声が聞こえました。
男は思わず顔を見上げ、その声の主を探します。すると、そこには閑古鳥のつがいがあざ笑うように飛んでいたのです。
「閑古鳥のお墨付きというわけか」
商売がはやらないことを俗に閑古鳥が鳴くといいます。男のお店はまさにその通りの状況だというわけです。
男は、その2匹の閑古鳥に腹を立てました。お店にお客さんがいないのは事実です。そんなことは十分に分かっているのです。何もわざわざ鳥ごときに指摘されたくなんかありません。そう思ったからです。
男はどうにかして、上空を飛び交う閑古鳥夫妻に仕返しをしてやろうと考え、一計を案じました。
翌日、男は、逆に彼らの巣を訪ねてやることにしました。男は閑古鳥ではないので、寂れた場所の象徴というわけじゃありません。でも、ちょっとうるさくすれば、子育てや眠るときに難儀するだろう。そう考えて、彼らのすみかへと足を運んだのです。
ところが、閑古鳥たちは既に托卵をし終えていました。自分たちの血を受け継いだひなたちは、別の鳥がせっせとえさをやっているというわけです。それに、彼らが巣に帰って横になるのは夜中です。
「僕らが眠る夜に騒々しくしたら、怖い人に怒られちゃうんじゃないの?」
そんなことを言いたげな顔つきで、オスとメスの二匹はこちらをあざ笑うのです。
「うーん、困ったなあ」
男は、巣の下で腕組みをして考え込みます。そうして半日ほど考えたあと、いきなり奇妙な行動を取ったのです。
男は木をよじ登って彼らの巣に入り込み、ゴロンと横になりました。どうせろくにものも売れない、くずみたいな人間なんだ。いっそ鳥のおまえらが一から育ててくれ、そんなふうに考えたのです。そして次の瞬間、ピーピーと泣き喚いてえさをねだり始めました。
閑古鳥どもは、仕方なくこの大きな子どもに、昆虫などをくわえて持ってきます。しかし、もちろんそんなものは、男には食べられません。目の前に毛虫やクモを置かれてもどうもできません。運んでくる二匹も、受け取る男も、双方が困ってしまいながら止めることができないのです。
そんな奇妙な状況が続いていると、何ごとかと思って周囲に人が集まってきます。
「ねえ、お母さん、お父さん、鳥さんの巣におじさんがいるよ」
「ええ、そうね。それになんか、えさをねだるひなみたい」
「もしかしたら、鳥の学者さんが、変わった研究をしているのかな」
どんどん人が集まってきたことで、閑古鳥たちはあわてて逃げ出します。前に言ったように彼らは寂れた場所のほうが好きなのです。
することのなくなってしまった男は、カッコーの巣の下にお店を移動して、ここで商売を始めることにしました。
巣に住む変わりものが売る商品は、人が集まってきた場所ということもあって、飛ぶように売れました。あまりにも売れすぎて、生産が追いつかないほどだったそうです。
こうして、ばかにしてきた閑古鳥を追い出し、絶好の販売所を得た男は、カッコーの巣に住み、すぐ下の販売所でものを売るという生活をして、いつまでも幸せに暮らしたそうです。
めでたし、めでたし。