火曜日の幻想譚 Ⅴ
511.洞窟の最奥で
幼なじみにT君という、お寺の子どもがいた。
小さい頃の私は、外で泥まみれになって遊ぶのが好きだった。なので、女子ではあったがT君ら男子の中に加わって、野山を泥んこで駆け回る幼少期を送っていた。
その日は、Tくんの家のお寺で夏祭りが行われる日だった。私たちは、お小遣いを持ってお寺に集まる。そして出店でおいしいものを食べたり、ゲームに興じたりして、存分に非日常を味わっていた。
夜もとっぷりと更け、そろそろ帰ろうかと思い始めた頃。
「なつきちゃん、いいもん見せてやるよ」
T君が、突然こんな事を言いだした。私はもうそろそろ家に帰りたかったので、門限を理由にその誘いを断る。だが、普段から門限を破って遊びほうけている私を知っているので、その作戦はTくんには通用しなかった。いくら断っても、どんな理由で断っても、Tくんはしつこく誘ってくる。しまいにはどうでもよくなってしまい、仕方なくTくんが言う「いいもの」を見に行くことにした。
T君が私を連れて行ったのは、やんちゃな私たちも今まで入ったことがない、寺の裏手だった。山を背にして建てられた寺のその裏手には、その山をくり抜いて作られた小さなほら穴がある。T君は前もって用意してきた懐中電灯をつけ、私の手を引いてその中をずんずん進んでいった。普段野山を駆け巡って遊んでいた私も、こんな夜更けにほら穴を進むのは、次第に怖くなってくる。何度も、「もう帰ろう」とT君に呼びかける。だが、T君は私の問いかけには答えずに奥へと進んでいく。
ずっと直進し続けてきた洞窟の道は、やがて右に折れ曲がった。T君はその折れ曲がる道の手前で足を止め、その先の様子をうかがう。
「なつきちゃん、見てみ」
促されるまま、のぞいてみる。すると、そこには一組の男女が見えた。
「いやぁっ! やめてぇ!」
「これが、大人になるのに必要な儀式なんだよ」
二人の声には聞き覚えがあった。その年に二十歳になる近所のお姉さんYさんと、Tくんのお父さんだった。下着姿のYさんをT君のお父さんが押し倒し、何かをしているようだった。
その空間は小部屋のようになっていて、中央には古風なカンテラが置かれ、甘ったるい匂いが部屋に充満する中、壁や床、天井にはよく分からない図形や、幾種類もの男女が絡み合う岩壁画が怪しく描かれていた。
「ね、なつきちゃん。僕らもああいう事、しようよ」
私を見るTくんの目は血走っており、手を痛いほどギュッと握ってくる。子供心に「これはいけないことだ」と感じた私は、その手を無理やりほどいて逃げ出した。
洞窟が真っすぐだったのが幸いし、私は無事に抜け出て家に帰ることができた。
大人になった今ならわかるが、洞窟の中の甘い匂いは催淫剤のそれだった。そこに描かれていた絵はいわゆる四十八手だったし、図形は男女の性器を模したものだったように思う。
その日のことは怖くて親にも言えなかった。なぜなら、Yさんがそれっきり行方不明になってしまったから。
その後、T君やその家族とどのように接したか、まるで覚えていない。でも私は、高校を出るまでずっとこの事を忘れられず、この事実におびえながら過ごしてきた。そして高校卒業後、逃げるように田舎を出てきた。
それ以来、あの地には帰っていない。家族に連絡を取ることはあるが、もうあの地に足を踏み入れたいとは思わない。