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火曜日の幻想譚 Ⅴ

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518.注意



 うん? 上司が口うるさくて困っているって?

 そうか。たしかにそういう上司は多いかもしれないね。僕が最初に入社した会社の上司もそうだった。とにかく細かいことも注意してくる人だったよ。

 でも、人間である以上、ミスはする。そして、仕事でそれが発生すれば、注意をされるのも当然っちゃ当然だ。
 ただね。あの人のそれは、少々趣が違っていてね。注意をするために注意していた感があった。知識をひけらかしたり、自分の才能を示したくてやっている。今風に言うと、マウントを取るためにやっているって感じだった。こっちは部下の立場だし、そんなことをしなくても尊敬すべき上司として接しているつもりだったんだけどねえ。

 というわけで、当時の僕は、そんな上司に少しうんざりしながら仕事をしていたんだが、ある日、一つの手を思いついた。そして、翌日、早速、実行してみることにしたんだ。


 朝、僕は何気ない感じを装い出社する。すると早速、上司に呼び止められた。

「君、ネクタイが曲がっているよ。ちゃんと身だしなみを整えられないようでは、社会人として失格だぞ」

その上司は相変わらずの口調で僕を注意してくる。僕はすぐさまネクタイを直し、上司に言い返した。

「ありがとうございます。他に7つほど注意すべき点があるんですが、わかりますか?」

そして、上司の前で直立する。上司は、口をぽかんと開けて動きを止める。

 そう、自分が気付いていないことを言われるからカチンと来るのだ。僕はそう考えて、注意されるべき点をネクタイを含めて計8個ほど用意してきたのだ。わざとボケれば、そこに来るツッコミは心地がいいのと同じ理論だ。

 上司は目を四方八方に動かし、僕の注意をすべき点を探し始める。そのしぐさは、雑誌などによくある間違い探しをしているようだった。

「ね、寝癖がちょっとついているかな」
「そうですね、さすがです。あと6つですよ」
「えーと、靴もちょっと……」

 3度ほど、こんなことを繰り返していたら、上司はよっぽどのこと以外、注意をしてこなくなったよ。

 まあ、君の上司がどういう人か分からないから、同じことを試せとは言わないよ。でも、完璧を目指した98点よりも、計算され尽くした30点のほうが、時として価値がある場合があるってことを、よく注意をされる僕らは知っておく必要があるかもしれないね。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅴ 作家名:六色塔