火曜日の幻想譚 Ⅴ
519.海の家
夏といえば海。海といえば、必ず海の家があるものだが、実はこの海の家というものがあまり好きではない。
まず、半裸で食事をするというのが耐えられない。スイカ程度ならともかく、海の家ではガッツリと食事をすることになる。人間の三大欲求は食欲、性欲、睡眠欲だが、肉体という性に直結する部分をさらして飯を食うなんて、もう欲望の3分の2近く、少なくとも半分以上を丸出しにしてると言っても過言ではない。大切な人と二人きりでそうするのならともかく、海の家には、店員も赤の他人もいるのだ。これはもはや、自律した人間の行動ではない。
それだけではない。高い上に飯のクオリティが低い。あの肉が全然入っていない、あからさまにレトルトなカレーはなんなんだ。別に肉が少ないことやレトルトが駄目とは言わないが、それならもう少しお手頃でもいいだろう。あと、のびきったラーメンとかもひどい。いや、それが海の家なんだ、あそこは、思い出を買うもんなんだ、そういう意見もあるだろうが、少なくとも私には嫌な思い出しか残らなかった。
今の海の家は、こんなひどい現状だ。もし仮に私が、海の家をプロデュースできるなら、海の家の常識を塗り替えられる自信がある。自分のプロデュースもろくにできやしない私だけれど、そんな私でもどうかと思うぐらい、今の海の家というのはたるんでいると思う。
自分なら、まず、思い切ってフランス料理を出そうと思う。どうせ割高な値段になるのだ、いっそガッツリと取って、きちんとしたものを出したほうがいい。肉のないカレーやのびきったラーメンより、そっちほうがよっぽど思い出になるはずだ。
さらに、ドレスコードを設けようと思う。もうフォーマルにモーニングとドレスで来店してもらいたい。水着のやつらなんか、敷居もまたがせない。
ここまで新感覚なら、海の家に革命が起きるはず。え? 水着で入れないんじゃ客なんか来ない? それならばそれでいい。どうせ海なんか陽キャの集まりしか来ない。そいつらに遭わずに済むんなら、そっちのほうがせいせいするってもんだから。