火曜日の幻想譚 Ⅴ
520.死に水
江戸も末のある夏、その村は日照りに伴う猛烈な水不足に悩まされていた。
田畑はもちろん、自分たちが飲む分や体を清める分すら確保できない。そんな状況があてもなく続いてゆく。その限界状況の中で、6名の男女が立て続けに亡くなった。
彼らの遺体は集められ、悲しみの中で検分された。これだけでも十分痛ましいが、奇怪なのは、彼らはいずれも死因が溺死であったことだ。
当然だが、溺死ができるような水は村のどこにもない。雨は一向に降ってこないし、井戸の底も川もからっからだ。しかしその6人は、全員が液体によって窒息した痕跡をありありと示していた。
残った村人は、どこかに水があるかもといういくらかの下心とともに、彼らの家をくまなく捜索する。だが、水分などは一滴も存在せず、そこにあるのはやはり乾きだけであった。
その数日後、この村の若い衆である孫兵衛という男が、奇妙なものを見たと騒ぎ出した。
彼は夜中、耐え難い喉の渇きに襲われ、ちょうちん片手に仕方なく家を飛び出したそうだ。もっとも、村に水などあるわけがなく、あてもなくほうぼうをうろつきまわるしかなかった。だが、そうしているうちに、前方に奇妙なものが見えるのに気がついた。
水たまり。孫兵衛の数メートル先には、雨上がりにできるような小さい水たまりがぽつんと存在していたのである。孫兵衛はしめたと思って走り寄る。しかし、たどり着いたと思ったら水はさらにその先にある。さらに走り寄るが、やはり水は少し先。結局、どうやってもその水にたどり着けず、仕方なく家に帰ってふて寝を決め込んだということだった。
この話を聞いた村人は、「そりゃあ、逃げ水だ」と一笑に付した。が、誰かがぽつりと疑問を口にした。
「深夜、日が照っていないのに逃げ水が見えるもんかな?」
この疑問を口にした直後、突如として雨が降り出した。村人は孫兵衛の話をそっちのけにして、表へ出て水を浴び、飲み始める。そのおかげで孫兵衛の告白はもちろん、溺死の謎も誰も顧みることはなくなってしまったそうだ。