火曜日の幻想譚 Ⅴ
523.二つの死
「ぶっ殺してやる!」
ここ数日にわたる過酷な拷問で疲れ切った葛西を、三原は小さい部屋に連れてきた。そこには、テーブルなどの日々を過ごすためのものがいくつかと、小さいひつぎが一つ、置かれている。体中が筋肉のような体格の三原は、小さな葛西の後頭部を一度小突き回してから、床に安置されているそのひつぎを開けた。中には、亡くなっているであろう誰かが既に横たわっている。
「おまえもここに入るんだ」
そう言って、三原は邪悪な笑みを浮かべる。
このままひつぎに入れられたならば、その先に待ち受けるは生きたままの火葬だ。葛西は残っている力を振り絞り、反抗しようとする。
「ふん、今更抵抗しても遅いわ」
そもそも体格に差がありすぎる。葛西はあっさりと三原に弾き飛ばされ、近くの小卓に頭をぶつけた。
「いてて……」
しかし、悠長に横たわってなんかいられない。即座に起き上がり、小卓に乗っている花瓶をつかむ。
「ドン!」
だが、花瓶で反撃をしようとする前に、三原の体当たりでふっとばされる。花瓶は宙に舞い、隅に置かれていたテーブルの上に落ち、中の水をテーブル上に派手にまき散らした。そこに置かれていた書類は水にぬれ、その近くに置かれていた水の入ったコップにも花瓶の水は降り注ぐ。その光景を目に焼き付けながら、葛西は気を失った。
気付くと、暗闇の中にいる。隣には、冷たい何かの感触。
カンカン、カンカンと音がする。三原がひつぎにくぎを打っているんだろう。葛西は恐る恐る、目の前の暗闇を両手で押して見る。案の定、そこにそびえたつ壁はびくともしない。
死体とともに、ひつぎに閉じ込められてしまったのだ。
恐ろしい事実を受け入れきれない葛西をよそに、三原は作業を終えたのか、喉を鳴らして何かを飲んでいる。テーブルの上に置いてあったコップの水だろう。この部屋に飲み物らしいものといえば、それしかなかったはずだ。それを飲み干したあと、三原はひつぎの中の葛西に聞こえるほどの大声で叫ぶ。
「さあ、生きながら地獄の業火で焼かれちまえ! 隣の死体が慰めてくれるぞ!」
そして笑いながら、納棺堂を出ていった。
しばらくして。
落ち着きを取り戻した葛西は闇の中で、一輪の花を握っていることに気がついた。先ほど手にした花瓶から、何かの拍子に握り取ってしまっていたのだろう。
葛西はこの花の根が、猛毒を持っていることを知っていた。ここで今すぐこの根をかじれば、すぐにあの世へ行くことができる。それも苦しいには苦しいが、生きながら焼かれるよりははるかにましだろう。
それに……、三原はくぎを打ち終えたあとにコップの水を飲んでいた。あのコップの水には、花瓶が割れた拍子に中の━━根から染み出した毒入りの水が、致命になるかならないか程度に混ざったことだろう。
「と、いうことは」
……俺は多量の毒で一瞬のうちに死に、生きながら焼かれるのを避けられる。
……あいつは微量の毒で生きながら苦しみ、その末に死ぬか、後遺症が残る。
「さあて、どちらが幸せなんだろうな」
葛西は暗闇の中で含み笑いをし、死に至る根を口に含んだ。