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火曜日の幻想譚 Ⅴ

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525.言えなかった秘密



「ごめん、ちょっと取り込んでるから、また折り返し掛け直す」

 ガチャッ。ツー、ツー、ツー。

 たまたま私が電話をした時、彼は忙しかったのだろう。慌ただしく、通話は切れてしまった。

 ただ、それだけの事。

 この電話を掛けた後、私と彼は何度も直接会っている。LINEも電話もたくさんやりとりした。だけど、あのときの折り返しの電話を、彼が掛けてくることは二度となかった。

 私はどうしても、あの要件だけは折り返しの電話で伝えたかった。他のどんな連絡手段でもなく、絶対にあのときの折り返しの電話で伝えると、まるで前世からの約束で決まっているかのように。折り返し以外の方法で伝えるという事は考えもしなかった。その思いは今でも変わらない。その唯一の連絡手段は、彼の「掛け直す」という言葉通り、彼が握ったままになってしまっている。ボールは彼の手中。私は彼が、あらためてあのときの用事を問いただす電話を待つ以外、なくなってしまったのだ。

 それから長い年月がたち、先日、彼は亡くなった。68歳だった。確か、電話を掛けたのが彼が25の時だから、40年以上も私は彼の折り返しを待ち続けたことになる。その間、私と彼との間には子どもが生まれ、いくつかの住まいと仕事が変わり、子どもも成人して孫もできた。それでも、折り返した電話は掛かってくることはなかった。
 あの世に電話は恐らくないだろう。そうなると、この秘密は結局、彼に伝えられないということになってしまう。

 ちゅうぶらりんになった秘密を抱え、結果として彼を裏切ってしまったという事実をかみしめながら、生きていく事をゆううつに思った。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅴ 作家名:六色塔