火曜日の幻想譚 Ⅴ
528.不釣り合いなライバル
僕と同じ中学校に、K川くんという生徒がいた。
とてもがんばり屋で気さく、勉強も運動もできる生徒だったK川くんは、当然のことながら校内でも1、2を争うほどの人気だった。確か、3年生の頃には生徒会長も務めたと記憶している。教師たちの人望も厚く、どこから見ても死角のない男というのは彼のことだろうと僕は思っていた。
そんなK川くんだが、奇妙な癖みたいなものがあった。癖なのかなんなのか分からないが、異様に僕をライバル視してくるのだ。
僕らは中学1年のときに同じクラスになった。同じクラスになると、当然のようにテストの後、答案の見せあいになる。中学1年の春、みんな勉強のできるやつとできないやつの当たりを付けるのだ。
その頃の僕はどうにか勉強だけはできていたようで、学年内順位でもなかなかの成績だった。だが、友人の少なかった僕は、それを誰かに見せるということはしなかった。なので、すかさずかばんに入れてしまおうとしたところ、背後から声がした。
「成績、どうだった」
その声の主が、K川くんだった。
そのときの僕は、まだ彼の成績のいいことを知らなかったけれど、ここで見せないのもどうかと思った。なんせ中1の春だ。身の振り方次第では非常に面倒なことになる。そういう打算の中で、僕はしまいかけた成績表を彼に渡し、彼も自分の成績表を渡してきた。
そっと開いて順位を見た彼は、直後に目を丸くする。なんだこいつ、意外にできるじゃないかという顔つき。そして、僕に成績表を返すと一言。
「やるじゃないか。次こそは負けないぞ」
と言って、ちょっとおどけた様子で僕をにらみつけた。
以降のK川くんは、校内でテストがあるたびに、僕に成績を聞いてくるようになった。最初のテストこそ僕の勝ちだったが、僕らの成績はどっこいどっこいだった。しかも、彼はどちらかというと数学や理科などが得意、僕は国語や歴史が好き。お互いの興味の違いも相まって、一層この勝負は白熱した。この戦は、2年や3年になって、僕とK川くんのクラスが別になっても続いた。休み時間に返ってきた答案を広げて勝負をし、それで僕らは一喜一憂していたのである。
だが一方で、勉学以外の点ではK川くんに間違いなく軍配を上げざるを得ない状況になっていた。彼はサッカー部で汗を流しレギュラーの座をつかむ。先述のように生徒会長に選ばれ、その重責を担う。そんな人間だから当然のように教師にも生徒にも信用され、尊敬される。一方の僕は、文化部所属の幽霊部員。普段もイベントでもなんら目立たない1生徒。テストの成績以外では完敗といってよかった。
ここら辺の人間性は、勝負のときにも現れる。彼は勝ったことが分かると大きくガッツポーズをし、負けても爽やかに次こそはと再起を誓う。僕は勝っても負けても言葉少なにうなづくだけ。だが心中では、勝つと彼をあざ笑い、負けると苛立ち、ムカついているのだ。
そうやっているうちに中学生活は終わりに近づき、僕らは高校を受験する。彼と僕は志望校こそ違ったが、お互い目標とする学校に合格することができた。こうして、目立たない僕に異様に敵意を燃やす優秀な生徒と、学校が変わっても研さんを積んでいこうかと思った矢先、突然、悲劇が襲った。
高校1年の夏。K川くんが旅行先で事故に遭い、亡くなったという知らせが耳に入ってくる。半信半疑で駆けつけた僕を、K川くんは遺影で出迎えた。最初で最後に出会った彼の母は、喪服姿で完全に放心している。僕は人生で初めてのお焼香をたどたどしい手付きで行い、重い足取りで斎場を後にした。
ライバルを失ってしまった僕は、高校に入ってからくずになっていった。そのせいもあって、一時期、なぜ将来を有望視された彼がああなって、自分のようなものがのうのうと生きてるのか、思い悩みもした。結局、その答えは出ないままいい年になり、運命のいたずらという、答えのような、答えでないようなものだと割り切るようになってしまった。
今、思えば、あの勝負は彼なりの気遣いと、自分を追い込むための手段だったんじゃないかと思う。やる気のないしょぼくれた生徒を発奮させ、自分の成績も維持しようという一挙両得の方法。それに白羽の矢が立ったのが、たまたま僕だったというわけだ。
K川くんは、将来、政治家になりたいと言っていた。もし彼が生きていたら、今ごろ、よどんだ政界を引っかき回しているのだろうか。かつて彼と張り合った僕は、今はもう、そんな彼を頭の中で夢想することしかできないのだけれども。