火曜日の幻想譚 Ⅴ
529.通信の怪
おばあちゃんに話を聞く機会があった。
「今も昔も、いろんな妖怪がいるもんじゃ」
そんな語り口から始めたおばあちゃんは、切ない恋の話をとうとうと話し始める。
「それでな、そのお方のことがもう片時も忘れられなくなってしまったわっしは、その切ない胸の内を手紙に書きつけることにしたんじゃ。といっても、文章などろくに書いたこともないような小娘が、はたしてそんなはしたないことをしていいものかという思いもあるしでの。書き終えるのに数日がかかってしまったんじゃよ」
私は思わずうなずいてしまう。時代や状況は違えど、思い人に心を打ち明けるのはとても勇気のいることだ。おばあちゃんの気持ちは痛いほどよく分かる。そして、おばあちゃんの次の言葉を待つ。
「じゃがな。その手紙は、そのお方のもとに届くことはなかったんじゃ」
おばあちゃんはここでホウと長いため息をついた。
「あまりこんなことは言うもんじゃないが、その手紙が届いておったら、人生、変わっていたかもしれないのぅ」
「……何で、手紙を出さなかったんですか」
私はおばあちゃんに聞いてみる。おばあちゃんは、何やら複雑な表情をした後、ポツリと言葉をはいた。
「手紙は出したんじゃ。じゃが、届くことはなかった。いまだにどこに行ったかも分からぬ」
「そ、それは、どういう……」
私の言葉をさえぎって、おばあちゃんは言った。
「ああ、妖怪の仕業じゃ」
「…………」
思わず黙りこくる私。おばあちゃんはさらに言葉を重ねる。
「言わんとすることは分かる。誤配や、他の思い人が隠したのじゃという意見も当初は多かった。じゃが、わっしと友人がどんなにくまなく探しても、手紙はどこにも見つからなかったんじゃ」
おばあちゃんの目はしっかりとこちらを見据えている。ふざけて言っている様子はみじんもない。
「そう考えると、結論はどう考えても、妖怪が手紙を食べてしまった、それ以外にないんじゃ」
おばあちゃんはさらに言葉をつなぐ。
「そしてその手紙を食べる妖怪は、今も生きておる」
いや、そんなことはないだろう、私はそう思った。正直に話せば、私はそもそも妖怪を信じてはいない。おばあちゃんの手紙が失われたことも、妖怪の仕業だと思ってはいない。今だって昔だって、妖怪なんてものが生きているはずはないのだ。
だが、頭ごなしに否定するのもよくないだろう。私はそう思い、おばあちゃんに先を促す。
「どういったところに、生きているのですか」
おばあちゃんは、私の言葉ににこやかに答える。
「迷惑メール、じゃよ」
「迷惑メール?」
私がいぶかしげにしていると、おばあちゃんは自分のスマホを取り出して幾度かタップする。
「ほれ」
おばあちゃんが見せてくれた画面は、迷惑メールフィルターの設定画面。
「今はこうやって、立派に社会の役に立っとるんじゃ。それを思えばわっしの手紙の一通ぐらい、な」
そう言って、おばあちゃんは朗らかに笑った。
『十分に発達した科学は、魔法と見分けがつかない』
なぜか偉人のそんな言葉が頭に思い浮かんだまま、私はおばあちゃんの顔をじっと見つめる。いや、この場合は魔法じゃなくて妖怪だけど……。
おばあちゃんはそんな私の思いを見透かすかのように、笑みをたたえた顔つきでゆっくりとお茶をすすっていた。