火曜日の幻想譚 Ⅴ
594.冷たい手
2カ月ぶりに、少女の病室を訪れた。
俺が来たことに気づき、ほほえみを半ば無理やり作る少女。しかしその顔は、青白くて生気がない。
「調子はどうだ?」
「……うん」
肝心なことを聞いても、ハッキリした答えは帰ってこない。そして少女は、いつものようにゆっくりと俺の手を取る。
「冷たい手……」
俺の手を握る彼女の手は、反対に熱を持って温かい。
「ねえ。『手が冷たい人は、心が温かい』ってよく言うでしょ」
「あぁ」
「おじさんの手はいつも冷たいから、きっと心の温かい人なんだね」
「…………」
「私の手はいつも熱っぽい。だからきっと悪い子なんだ」
「そんなこと、ないよ」
「でも、お父さんもお母さんもどこかに行っちゃったし、私は入院することになっっちゃった。きっと悪い子だからばちが当たったんだ」
「…………」
本当に、そんなことはなかった。俺は組織から命令を受けて、大量の人間を殺してきた。この冷たい手は、すでに血まみれだと言っていい。間違っても、心が温かいはずがない。彼女の両親を殺したのだって、他ならぬ俺なんだ。
二人を殺したあと、残された彼女を病院に担ぎ込んではや数年。こうやって見舞いに訪れるたびに、彼女は俺の手を取って同じ言葉を言い続ける。彼女の手は病のせいだろうか、確かにいつも熱を帯びていた。
「そんなこと、ないよ。きっとよくなるから」
「……うん」
お決まりのやり取りのあと、俺はいつもそうやってうそをつくしかなかった。治る見込みがないことは、主治医から嫌になるほど聞いているのに。
こうしているうちに、短い見舞いの時間は終わりを告げてしまう。今回も俺は彼女に背を向けて、ただ、何もできずに立ち去るしかなかった。
それから数カ月後。
相変わらず、組織からの命令を忠実に守ってターゲットを殺し続ける俺。そこに、少女の主治医から連絡が入った。彼女の容体が急変した、と。
慌てて駆けつけてみると、彼女はもう虫の息だった。
「…………」
俺は言葉もなく、ベッドの傍らで彼女を見つめる。
「ねえ」
少女は、死相の浮かぶ顔で俺に呼びかける。
「何だい?」
いつの間にか、涙があふれ出していた。
「手を貸して」
俺はいつも通り、手を貸してやる。
「ほら、私の手、冷たいの。きっといい子になれたんだ」
「…………」
「もうすぐ、お父さんとお母さんに、会えるよね?」
「……ああ、もうすぐ会えるよ」
「やったぁ、いい子になれて、よかった……」
その言葉を最後に、少女は目を閉じた。
俺は、涙を振り払うこともせぬまま、彼女の冷たい手をずっと握りしめていた。