火曜日の幻想譚 Ⅴ
593.キャンプファイア
隅田と、山奥のキャンプに行くことにした。
山奥だけあって、人っ子一人いない。大声で叫んでも誰も来そうにないどころか、スマホすらつながらない。今どき、こんな場所にはお目にかかれないぞと思いながら、テントを張り始める。
無事、諸々の準備が完了し夜となった。夕食も既に終え、あとは寝るだけとなった時、隅田が荷物から酒瓶を取り出して、こちらに見せつけた。心得たとばかりに私はテントを出て、夕食の余り物でありあわせのものを作り始め、隅田は再び火をおこし始める。
しばらくして、私たちは炎を間に挟み、差し向かいで座って酒とつまみを楽しんでいた。
「…………」
私はつまみを腹に入れながら、夢中で酒をあおっていた。普段はあまり飲むほうではないがこんな自然のど真ん中、こんな満天の星空で一夜を明かすのだ。その前準備に、アルコールをいつもより入れたっていいじゃないか。おつまみも良くできた。既に夕食を食っているはずなのに食が進むのは、誰もいないキャンプ場という特異な環境のせいだろう。
「……なあ」
ガツガツと飲み食いする私に、ふいに隅田が話しかけた。
「ん?」
私は隅田をちょっと見て、再び、つまみに目を落とす。
「火ってのは、いいもんだよなあ」
しみじみとした隅田の声。普段、あまり叙情的なことを言わない隅田が、こんなことを言うのは珍しいことだと思った。だがそれは、隅田もこの場所にいることに対して、心が揺れ動いているからだろうと思い、すぐ飲み食いに戻ってしまう。
「…………」
私がつまみをあらかた食べ終えた時、隅田はうなだれていた。そのうつむいた顔に、炎が影を作りゆらゆらと黒がうごめく。
「実はさ……」
やけに物々しいトーンで語りだす隅田に、ようやく何か重大な告白をしようとしていることに気付いた私は、口に運ぼうとした酒を中途で止め、炎の先の隅田を見つめる。その時、世にも恐ろしい言葉が彼の口から飛び出してきた。
「俺の両親、兄妹だったんだ。血、つながってるんだって」
背筋が凍るようなショックだった。もちろん私も隅田の両親には会ったことはある。だが、あの温厚そうな二人が、実は血を分けた兄妹だったなんて想像もつかなかった。
固まる私を見て、隅田は自嘲的に笑う。そして、はかなげな涙声でつぶやいた。
「……火ってのは、いいもんだよなあ。全てを浄化してくれるんだから」
言い終える少し前から、隅田は手にしていた酒瓶を頭上で逆さにし、体中を酒まみれにしていた。そしてゆっくりと歩を進め、目の前の炎の中に沈んでいく。最後に一言、
「俺、あいつらのただれた快楽の結果でしかなかったんだ……」
と、俺にだけ聞こえる声でささやいた。
誰にも連絡がつかない山の奥で、私は「浄化」されていく隅田をただぼんやりとながめることしかできなかった。