火曜日の幻想譚 Ⅴ
533.ファミレスの塚田さん
塚田さんという女性を好きになってしまった。
塚田さんは、僕の家の近くのファミリーレストランに勤めている。恐らくパートさんだろう。名字が塚田さんということはネームプレートから分かったが、他の情報までは分からない。でも、好きになってしまったらそんなのは関係がない。
今日も僕はそのファミレスで一日を過ごす。ドリンクバーを飲みながら塚田さんの働くところをながめ、サラダを頼んでは塚田さんに持ってきてもらい、パスタを頼もうとして塚田さんを呼び止める。ああ、塚田さんがテーブルに来るたびにドキドキする。美しくて艷やかな目がそっと僕を視界に入れ、そそとした足取りで僕のもとにやってきて、鈴の鳴るような音色で僕に注文を聞いてくる。この上ない幸せ。
でも、僕は塚田さんに思いを伝えられない臆病者だ。手足がふるえ、心臓が張り裂けそうになり、何も考えられなくなってしまう。そして気がつくと、思いではなくて注文を伝えてしまうのだ。
もうこんなのは嫌だ。ちゃんと塚田さんに思いを伝えたい。どうすればできるだろうか。せめて、せめてファミレスのようなたくさん人がいる場所じゃなければ、ちゃんとお話ができるかもしれない。
そう思った僕は、その日お店に入ると、店員を呼び出すボタンを握りしめて逃げ出した。これを僕の家に持っていって押せば、塚田さんがうちに来てくれるんじゃないだろうか。そこでなら、ちゃんと思いを伝えられるはず。
僕は懸命に走った。後ろから誰かが追いかけてきているような気がしたが、気にせず力いっぱい疾走した。そして家に着き、扉を開けて入ろうとすると、息を切らした塚田さんが走り込んできた。
塚田さん、来てくれたんだね! 僕はコップに水をくんで、まだぜえぜえいってる塚田さんに差し出して、
「塚田さん、好きです。大好きです!」
と、思いの丈をぶちまけた。
結局、押しボタンは塚田さんに取り上げられてしまった。でも、彼女は毎日のように僕の家に来てくれる。今日も僕のおうちで、どんな注文もにっこり笑って聞いてくれる塚田さん。僕は、そんな塚田さんがとても愛おしくてたまらない。