火曜日の幻想譚 Ⅴ
534.涙の味
かつて死に絶えてしまった、ある部族の話だ。
その部族を調査した者によると、彼らは自分たちの涙を飲むのを日課としていた。
もともと、崇めていた神へささげるため、皆の涙を集めるという風習がこの部族にあったようだ。しかしある時、深刻な水不足がこの部族を襲ったため、集めていた涙をこっそり盗んで、飲み干す者が現れた。そのならず者が、涙が目からこぼれたときの感情によって味が違う、ということを処刑の間際に言い残したことで、彼らは神へのささげものである自分たちの涙のうち、いくらかを分け前として自分たちで飲むようになったと言われている。
悲しい時は苦い、楽しい時は甘いといったように、涙のソムリエと化した彼らは、いろいろな状況で涙を流してはそれを器に取り、飲み干すという作業に没頭した。狩りに出て、獲物を仕留めたうれし涙を採取してみたり、長い年月をかけて穀物が実った喜びの涙を集めてみたりもした。
このようにして試行錯誤を続けた結果、彼らの中で最も美味な涙というものが決まった。それは、首を絞められ、まさに魂が肉体を離れようとする瞬間に流れる涙だった。
それを知った彼らは、こぞって仲間の首を絞め上げた。最も美味とされるその涙を欲するが故に。力の弱い女性や子どもは真っ先に手をかけられた。その後、残った者たちはお互いの首を締めあった。それは、悪魔ですら逃げ出すのではないかと思われるほど、酸鼻を極めた光景だったという。
部族最後の男は、自らの首を自らの両手で締め付け、こぼれ出る涙を必死に舌で受けようともがいた表情でこと切れていた。こうして、この部族はこの世から消え去ることとなった。
しかし、あの涙の得も言われぬ味を知ってしまった者が再びこの世に現れたら、今度は世界規模で首を絞め合う光景が展開されてしまうかもしれない。