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火曜日の幻想譚 Ⅴ

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535.音の場所



 以前、近所に古びたカラオケスナックが一軒、ぽつんと建っていた。

 いかにも場末のスナックという感じのそのお店は、およそ不釣り合いな住宅街の一角に居を構え、その前を時々通りかかると、恐らくお客さんのだろう、演歌などを歌う気持ちよさそうな声が、結構、大きく漏れ聞こえてきていたのが常だった。
 私は、特にそのお店に好悪の感情を持ってはいなかった。それに、そのような場所にあまり好んで行く性格ではないので、そのドアを開けて利用しようとも思わなかった。せいぜい、スーパーに行くときの通り道の脇にある建物、その程度の認識だった。

 ところが、半年ほど前のこと。そのカラオケスナックが突然、物音を一つも立てないようになってしまった。朝や昼はもちろん、お客さんがいそうな夕方や夜に通りがかっても、歌声どころか物音一つ、聞こえてこない。
 どうしたんだろうと思ったが、そもそもそことは没交渉なのでどうすることもできない。近所の人に話を聞いてみることもできず、月日はたっていった。

 そしてある日、その店の前を通ると、業者の方々が件のスナックを解体していた。はやり病の影響だろうか、それとも他の理由だろうか、分からないがとにかくお店をたたむことにしたのだろう。
 店舗の解体はみるみるうちに進んでいく、コンクリートに穴をあける騒音。資材が置かれる音。肉体労働をなりわいとするお兄さんたちの少々乱暴で大きい声音。そういった音に紛れながら、かつてのスナックはその威容を徐々に失っていった。

 滅びるものがあれば、無論、興るものも出てくる。解体されて更地になったその場所に、今度は別の業者さんがやってくる。前は解体する側、今度は建てる側。再び地響きのような音の群れが、大挙して周囲に押し寄せてくる。

 そんな日々がしばらく続き、ようやく建物の外観があらわになってきた。どうやら今度はアパートのようだ。敷地はそれほど広くはないが、近くにスーパーもあることだし、もともとお店が入っていただけあって立地も悪くはないだろう。土地所有者の計算の通りだったのか、アパートが完成したと思ったら、すぐさま住民が入居したようだった。

 建物は変わったが、当然、近所に住む私は、近くを通りすがるだけの変わらない関係だった。そして、今日もその、今はアパートになっている場所を通り掛かる。すると、何やら耳をつんざくような大音響が聞こえてくる。あまり音楽には詳しくないが、恐らく住人の方は激しいメタル系の曲が趣味で、それを聞いているか、自ら奏でているかをしているのだろう。その音が漏れ響いて近くを通りがかる私にも、ちょうどそれが聞こえたのだった。

 演歌やムード歌謡が流れ、ママやお店の子の黄色い声がわいていたスナック。そこから、解体と建築の二度にわたって鳴り響き続けた、やや乱暴な業者さんの声と工事の音。そして最終的に、爆音に包まれながら、ハイトーンのヴォーカルが激しくシャウトするメタルが流れるアパートへ。

 ジャンルは違えど、この場所ではとにかく大きな音を聞かされる宿命なんだな。そう思いながら、ちょっと苦笑いをしつつ、僕はスーパーへと向かうことにした。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅴ 作家名:六色塔