火曜日の幻想譚 Ⅴ
538.リモコンの末路
世の中には、あきれるほどリモコンが多い。
テレビ、レコーダーなどの機器、エアコンや照明器具、ゲームのコントローラーやラジコンのプロポ、カメラの、自動車のドアロックの、ドローンの……。今現在、地球上に存在しているリモコンは相当な数になるだろう。
しかも、テレビのリモコンなどは、スマホでも操作が可能ときている。いわばスマホもリモコンなのだ。もはやこの世は機械文明ではなく、リモコン文明だと言っても……それは過言か。
そこは置いとくとしてもだ、これだけリモコンがたくさん世に存在しているのに、さらにリモコンを増やそうとする人種がいる。何を隠そう私の妻と娘なのだ。だが、なにゆえ彼女らは私をリモコンのように扱うのだろうか。やれ冷凍庫からアイスを取ってくるようにだとか、やれお皿を洗っておくようにだとか、完全に私を口頭のみで操作できるリモコンだと思っている。私はれっきとした人間であって、妻や娘のリモコンでは断じてないはずだ。
よし、決めた。私は人間としての尊厳を守るため、人の言うことを一切、聞かないことにした。
しばらくして、すっかり会話がなくなった妻から離婚を切り出された。周囲には、親族までもが勢ぞろいしている。だが、ここで折れてしまっては、私はまたかつてのリモコンに逆戻りだ。断じて届けに記入はしないと言い張り、頑強に抵抗することにした。
結果、離婚はどうにか回避できたが、入院することになり、私はベッドの上で寝起きをするだけの日々を過ごすことになった。
小さな病棟の中で、布団にくるまって命を終えるのを待つだけの立場が、ビニール袋に入れられてゴミ置き場に投げ込まれたリモコンのような気がしてきて、後悔とともに涙があふれ出した。