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火曜日の幻想譚 Ⅴ

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539.かかしの視線



 家の近くの田んぼにいるかかしが、常に私を見ている。

 起きて、朝食を食べて、出勤して、仕事して、帰ってきて、夕食を食べて、くつろいで、風呂に入って、寝るまで。私の一挙手一投足を全てじっと見ているのだ。
 無論、彼はかかしなので動けない。だが、どうやら大きさを自由自在に変更できるらしく、私が遠出をする時はビルくらいの大きさになる。そうして、やっぱり遠くから私に目を注いでいるのだ。
 当然のことながら、うっとうしい。仕事にも支障が出る。近所にも迷惑がかかる。そもそも、今どき田んぼにかかしって。もっと他に方法があるだろう。
 全くもって困り果てているのだが、当のかかしは何も話してくれない。常に黙って私を見つめているだけ。

 何とかしたい。そう思った私は、朝、妻にどやされてごみを出す際に、ごみ袋を漁っているカラスに話を聞いてみた。かかしとカラスなら、何らかの話をしているんじゃないかと思ったからだ。

「すみません。あの田んぼのかかしについて何か知りませんか」
「さあ。彼には、僕らもあまり近寄らないんですよ」
「……そうですか」
「でも、前にあのかかしのやつ、誰かに怒られてました。『さっさと証拠を押さえろ。いつまでうちを日陰にしてるんだ!』ってね」

 気になった僕は通勤中、ちょっと時間を割いて公園のハトにも話を聞いてみた。

「あの、うちの前にいるかかしについて、何か知りませんか」
「うーん。怖いから、私たちあまり近寄らないんです」
「やっぱりそうですよね……」
「でも、たまたま近くを飛んでた友人のハトが言ってましたよ。あのかかしが『依頼者のほうがよっぽど、お向かいの奥さんとなんて……』ってブツブツつぶやいていたのを聞いたってね」

 この二つの情報をつかんだ私は、その晩、家に帰っていろいろと調べてみることにした。


 半年後、私は妻との離婚が成立し、かかしの監視からも外れて身軽になった。

 実はこの家に住みだしてすぐの頃から、妻は、農家を営んでいる向かいの家の旦那と関係ができていたらしい。向かいの家の旦那も、妻に相当入れ込んでいたらしく、できれば一緒になりたいと考えていたそうだ。しかし、面と向かって別れてくれとは言いづらい。そこで、田んぼに設置しているかかしに、私が不貞を働いていないか監視を頼んだというわけだ。

 しかし、私はずっと家にはいない。会社に行く。当然、かかしは会社にいる私も監視しなければならず、前に書いたように、大きくなって監視を続けていた。しかし、そのおかげで、向かいの旦那の家の作物が日陰になってしまった。旦那はそれに腹を立て、かかしに毒づいた。それをカラスが聞いていたというわけだ。

 私は、地図で会社の位置から日陰になる角度を確認し、そこの田んぼの所有者を調査した。その結果、かかしに私を見るよう依頼したのは、向かいの旦那だということが分かった。

 だが、向かいの旦那がなんで私の監視を始めたか、その理由が私にはまだ分からなかった。でも、ハトの仲間が聞いたかかしのぼやきから類推する限り、旦那と私の妻との間になんか関係がありそうだ。男女の間となれば、やはり不倫の線が濃厚だろう。しかし、決定的な証拠がない。だが、監視しているかかしなら、何かを知っているのではないだろうか。

 私は賭けに出ることにした。この状況で初めてかかしと話をして、不貞の証拠を出してくれないか頼み込んだのだ。運良く、かかしのほうも依頼主の旦那に愛想が尽きていたようで、次の職場を世話してくれることを条件に証言をし始めた。

 それを元に、離婚と慰謝料の請求に踏み切ったというわけだ。

 結果として、私は孤独になった。でも、かかしの監視に疲れ果てていたところだったので少しホッとした。今は、会社も辞めて、慰謝料で少しばかりのんびりと暮らしている。

 かかしは、その調査能力を買われて今は探偵社で頑張っている。特に、見張りのうまさと根気強さは、他の探偵からも一目置かれているらしい。そりゃ、田んぼにずっと刺さって一点を見つめているんだから、さもありなんといったところだろう。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅴ 作家名:六色塔