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火曜日の幻想譚 Ⅴ

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540.不器用な人



 朝、布団の中でうとうとしていた。そうしたら、手足に何か違和感があった。眠たい目を擦るついでに、右手を布団から出してみる。すると、爪がぐんぐんと伸びていた。驚いて左手も出してみる。案の定そこにも、伸び盛りの白い爪。気づくと掛け布団が上昇している。何かと思い跳ね除けてみる。すると、足の爪が伸びて布団を引っ掛け、天井に突き刺さろうとしていた。あわてて起き上がり、居間へ行って爪切りを探す。カチカチとフローリングの床に、爪の当たる音が聞こえてくる。まるで部屋で飼う犬のよう。だが、こんな時に限って、あのお気に入りの銀の爪切りが見つからない。探し続ける。居間で、探し続ける。爪切りを、探し続ける。その間も爪は伸び続け、居間を荒らし放題、荒らしていく。ソファーを爪が突き破って穴が空く。観葉植物の枝もスッパリと切れる。窓ガラスに突き当たり、キーキーと不快な音を立てる。テーブルの足にもお構いなく纏わりつき、畳の目にも入り込む。それでも、爪切りは見つからない。そうこうしているうちに、居間は白い爪で満たされる。僕は爪切りを諦めて、居間の中央で体育座りをした。何だか、繭の中にいるみたいで、妙に心地よかった。まだまだ伸び続ける爪の繭の中に囲まれて、いつまでもこうしていたいと思った。

 爪の繭に包まれて、体育座りでいつまでも心地よく佇んでいる。すると、僕の傍らに、キラリと光るものを見つけた。そっと掴んでみると、それは念願の爪切りじゃないか。僕は喜び勇んで、爪切りの刃先に爪を挟み込む。そして目一杯力を入れて切断した。だが、爪が切れたような感触がない。よく見ると、シュルンと音を立てて、爪が爪切りを避けているのだ。しばらくそうやって爪と格闘していると、今度は爪が縮んできた。みるみるうちに、爪は短くなっていく。気づくと、居心地の良かった爪の繭に綻びができていた。あれだけ居心地の良かった繭が、なくなってしまう。僕は驚き慌てて、爪を切り離そうとする。切り離せれば、爪は長いままで止まるだろう、そう予想して。シュルン。シュルン。でも爪は、僕の意思を分かっているかのように、爪切りの刃先を避けていく。このままじゃ、居心地のいい爪でできた繭が、繭が、繭が。焦燥感に苛まれながら格闘していると、爪はあっという間に20本の指先に吸い込まれる。それっきり、綺麗さっぱりなくなってしまった。指先には、醜い皺の生えた肉塊が残るばかり。ふと辺りを見渡せば、残るは爪によって、すっかり蹂躙された居間ばかり。爪も繭もなくなって、どうすればいいのかと、僕はただ項垂れるばかり。

 結局の所、世の中ってのはこうなっているんだ。項垂れていた僕はそう思い、顔を上げて思い切り叫んだ。

 世の中は生きにくい。ああ、なんて世の中は生きにくいんだ。頑張ればいい。上手いことやればいい。そんなことを言われて生きてきた。でも、爪の長さ一つコントロールできやしない。大体、上手いことってなんなんだ。上手いことってなんなんだ。丁度いいってどこなんだ。丁度いいってどこなんだ。適切ってのはどの程度だ。適切ってのはどの程度だ。いい塩梅ってどこだ。いい塩梅ってどこだ。臨機応変ってどうすんだ。臨機応変ってどうすんだ。常識的ってのは何が常識的なのか。常識的ってのは一体何が常識的なのか。偏見のコレクションってやつか。偏見のコレクションってなんだ。偏見のコレクションってなんなんだ。もうわからない。知りたくもない。ぶっ殺してやる。いつでもおまえらを、ぶっ殺してやる。何もかもを奪って、ぶっ殺してやる。ぶっ殺されてやる。いつでもおまえらに、ぶっ殺されてやる。何もかもを奪われて、ぶっ殺されてやる。見てろ、首を洗って待っててやる。

 叫び終えた瞬間、手足がむずむずしだす。爪が再び、伸びてくる。その爪は、ぴったり指先で止まる。結局いつもの長さだ。

 ……結局、僕は人より秀でることは不可能なのか。落胆しながら、再び床についた。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅴ 作家名:六色塔