火曜日の幻想譚 Ⅴ
543.おりの中
朝、起きたらおりの中だった。
暗いわ、寒いわ、ひもじいわの三重苦な上、起きてみると目の前には頑丈なおりがあるときた。びっくりしてつかんでみるが当然のように外れはしない。幸い、よく見たら足元にパンと水が置いてあったので、無理やり口に詰め込んだ。
一息つくと、知らない人がやってくる。腰に銃を指しているおじさんだ。
「気が付いたようだね」
おじさんは僕に向かってそう言うと、話をし始める。
「実はね、昨日一晩で世界中の人間が凶暴になってしまうという現象が起こったんだよ。詳細は今も調査しているが、詳しいことは分からない。だが、少なくとも君だけは凶暴にならなかったんだ。その理由も合わせて調査しているが、やっぱりよく分からない状態だ。だが、君が抗体を持ってる可能性があるから、研究のために君を殺すわけには行かない。そういう状況なので、君には一時的におりに入ってもらって、研究対象にしつつ、凶暴になった人間から守ろうという話になったんだ」
おじさんは一度、言葉を切って僕が理解しているかどうかを確認し、言葉を加える。
「食事は3食保証するし、狭いし暗いけれど寝床もトイレもある。今しばらくの間、我慢してほしい」
「…………」
僕は考えていた。このおじさん、恐らくだがうそをついている。その根拠は三つ。一つは銃の存在だ。みんなが強くなったのなら、おじさんだって例外ではないはず。それならば、銃を持ってここに来る必要はない、僕が歯向かおうとしてもすぐに殺せるはずなんだから。次、世界中の人間が凶暴になったのに、おじさんはちっとも強そうじゃない。銃がなければ僕でもどうにかなりそうなくらいだ。最後、弱いのにおりに閉じ込めるのはおかしい。せいぜい部屋とかに軟禁すればいいだろう。そうしないということは、いったいどういうことか……。
(みんなが凶暴になったんじゃなく、僕に何らかの力が備わったんじゃないだろうか)
自分でも驚くような推察をしたその瞬間、自分に備わった能力に気付く。
(そっか、この洞察力。これが僕に身についた能力か)
ありがたい能力だが、既におりにいるようではこの能力も宝の持ち腐れだ。僕は他の異世界などでチート能力を行使しているみんなをうらやみながら、おりでの生活をしぶしぶ受け入れる羽目にならざるを得なかった。