火曜日の幻想譚 Ⅴ
544.一つ残ったなきがら
これは、とある小さな村で起きた話です。
その村の外れにはお寺があり、そのわきにはお寺が管理する墓地が建てられていました。その村の人々はみんなそのお寺の檀家さんで、この村の人は誰もが死後、そこで眠るのが決まりになっていました。
あるときのこと。お墓を村の中央に移転しようという話が持ち上がりました。理由はいろいろあったようですが、お年寄りが増えたので、もう少しお墓へのアクセスを便利にしようという意見と、村おこしのために、広大でまとまった土地が必要になったという二つが大きな理由だったようです。
早速、村の長はお寺の和尚さんに移転の相談を持ちかけます。お墓が移転するなら、当然、お寺の場所も変わります。そうなると、お寺も新しく建て替えです。でも、とてもお金持ちの和尚さんですから、決して悪い話ではありません。
しかし、和尚さんは絶対に首を縦には振りませんでした。しかも、それだけではなく、移転を拒む理由すらも一切、口にしなかったそうです。
村人たちは憤りました。せっかくの村おこしのチャンスなのに。それに、お寺も新しくなるし、お墓も近くなる。誰にとってもいい話なのに、なぜ和尚は取り合ってくれないのか。
さては和尚のやつ、俺たちがお金をもうけるのを快く思っていないんだな。そう思った村人たちは、ついに実力行使に出ることにしました。新しい墓地を用意し、新しいお寺を建てた後、今のお寺を打ち壊しにかかったのです。
和尚さんは、崩れるお寺からほうほうの体でどうにか逃げ出せましたが、それっきり行方をくらましてしまいました。村人たちはいい気味だとばかりに、今度は古いお墓を掘り起こし、新しいほうに移し替えようとします。しかしそのとき、奇妙なことに気付いたのです。
古い墓地にあったお墓。そこをいくら掘っても、なきがらは一体だけしか出てこないのです。仕方ないので、村人たちはそこを埋め立てて、なきがらのない新しい墓地にお参りするようになりました。
しかし、他のなきがらはどこへ行ってしまったのでしょう。和尚も行方が分からない今、それは誰にも分かりません。
ちなみに一体だけ出てきたなきがらは、150年ほど昔に埋葬されたものでしたが、まだ肉がついていたので、気味が悪くなり、そのまま元あった場所に埋め立ててしまったと村人は話しています。