火曜日の幻想譚 Ⅴ
547.チャイム
徹夜をしてクタクタなので、朝っぱらから寝ることにした。
明るい日差しが入り込んでくる中、布団を敷いて早速潜り込む。朝寝というのは気持ちがいいもんだ。それが夜、寝てない状況なんだから、多分、普段の朝寝の数十倍は気持ちがいいはず。高杉晋作もこれには適わないだろうと思ったが、あっちは名うての遊女が隣にいて、きっと数百倍は気持ちが良かったであろうことを思い出し、考えるのをやめる。
「ピンポーン」
寝入りばなにチャイムが鳴り、起こされる。シカトしようかと思ったが、起きてしまったので仕方なく玄関に行きドアを開ける。アパートの隣家のおばさんが板を持っていた。なんてことはない、ただの回覧板だ。
手早く内容を読むと、ゴミの出し方をちゃんとしろとの仰せ。普段からちゃんとしてるわと、ぼやきつつはんこを押して次の家に届ける。さあ、今度こそ眠れるぞと布団に入って目をつむった瞬間。
「ピンポーン」
まただ。こんなことってあるか。仕方なく出てみると、今度は誰もいない。確かに音が聞こえたはず。おかしいなと思いながら、再び布団に潜って目をつむった。
「ピンポーン」
すぐさま飛び起きて、ダッシュで玄関へと向かう。扉を開けるもやはり誰もいない。いたずらか? じゃあ、もう次は出なくていいな、と思いつつまた布団に入り目を閉じる。
「ピンポーン」
ふん。どうせいないんだろう。そう思って無視を決め込む。
「ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン……」
多少、心にざわつきを覚えながら、チャイムをBGMに眠りに落ちていった。
夕方。
ぐっすり寝て起きた私は、まだ頭の中にチャイムが鳴り響いているのに気が付いた。
「ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン……」
頭をブンブン振るが、脳内のチャイムは治まることを知らない。仕方なくトイレへ行くが、用を足したところで正常に戻るくらいだったら、みんなそうしている。
こうして翌日になり、2日目も過ぎ、3日がたった。頭の中のチャイムはいまだに鳴り止まない。どうやら実際にお客さんが来ていたようで、郵便受けには不在票が山ほど入っている。ご近所さんは、僕が居留守を使っているとうわさしあっているようだ。
「何個目に鳴ったチャイムが本物かなんて、分かりっこないだろうっ!」
思わず怒鳴ってしまうが、当然、誰も僕のいうことは聞いてくれない。
こうなったら最後の手段だ。頭の中でチャイムを鳴らしているやつを引っ張り出してやる。僕は工具箱からとんかちとのみを取り出す。頭という扉を無理やりこじ開けることで、チャイムを鳴らすうるさい客人を、現実世界に引っ張り出してやろうという算段だ。
「せーのっ、それっ!」
ざくりという音とともに、のみが肉に食い込む感触。チャイムは止まったけども、意識も止まっちゃったな。
僕はうなだれながら、取りあえず近所の人が助けに来てくれるのを待つことにした。けど、居留守のうわさが立ってしまったせいか、誰も寄り付かず、僕は大人しく一人で死ぬしかなかった。