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火曜日の幻想譚 Ⅴ

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548.賞状



 会社をクビになって実家に帰ることになり、引っ越しの準備をしていたら、小学校の頃の賞状が出てきた。
 持久走で3位になったやつ、作文で市内コンクールの佳作に選ばれたやつ、書き初め大会で銀賞をもらったやつの計三つ。
「ちっちゃい頃は、文武両道だったんだけどなあ……」
文も武も職もありゃしない今の境遇を憂い、ちょっと暗い気分になる。

「駄目だ駄目だ、飯でも食って気持ちを切り替えよ」

 引っ越し業者がそろそろやってくるので、手軽に近くで買ってきたたらこスパゲティを温める。引っ越し準備にことのほか時間が掛かって、腹が減っていたせいだろうか、勢いよくすすり込んでしまい、たらこでむせてしまった。

「飯もろくに食えねえのかよ、俺」

暗い気分がさらに加速する。だが急がねば。どうにか食べ終えて、容器をごみ袋に投げ込む。空になった容器はがさりと音を立て、袋の中ほどに収まった。

「でも、こんな俺に食われるなんて、スパゲティもかわいそうだな」

引きずった暗い気持ちでそんな事を考えていたら、床に厚紙が落ちているのを見つける。本の間にでも挟まっていたのだろうか。
 その厚紙をしばし見つめていたら、さっきまで見ていた賞状とその厚紙が重なった。俺はあることを思いつき、ペンを取ってきて、厚紙に以下の文字を書き記す。


  感謝状

  たらこスパゲティ 様

  あなたは私のような人間にとてもおいしく食べられてくれました。
  よってここにその功績をたたえ、深く感謝の意を表します。

  令和×年○月△日
  無職 大川 悠一


 名前の場所にぺたりとはんこを押して、そっとごみ袋の中の容器の上に乗せる。

「これで多少は、浮かばれるかな」

 腹に入った食事へ感謝の意を表すことができた。誰かに感謝できるなら、まだまだ人としても大丈夫だろう。俺の気分も少しは明るくなったその瞬間、

『ピンポーン』

呼び鈴が鳴った。まだ引っ越しの準備は半分も終わっていない。

「賞状、書いてる場合じゃなかったか」

 再び暗い気分になりながら、業者に追加でお金を払う覚悟を決めた。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅴ 作家名:六色塔