小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

火曜日の幻想譚 Ⅴ

INDEX|52ページ/120ページ|

次のページ前のページ
 

549.喫煙室の非喫煙席



 最近、仕事をしてて無力感を感じる。それもそのはず、何もかもが自分の思い通りに行かないからだ。その理由もよく分かってる。

 喫煙室。全てはあれのせいなのだ。

 わが社は僕以外の全ての社員が喫煙者だ。そしてわが社の物事は99%があの場所で決まっていると言っても過言ではない。みんな、あの場で気さくに意見やアイデアを出し合い、話をまとめていく。僕が何らかの建設的な意見を出しても、すでにあの喫煙室で根回しなんぞは済んでいる。いわば、実際の会議は決定したことの発表の場だ。そこに、非喫煙者の僕の意見が入る余地はないというわけなのだ。
 今日の打ち合わせでも、僕はむざむざ面倒な仕事を押し付けられてしまった。こんなことでは便利に使われるだけ使われて、いずれ捨てられてしまう。

 というわけで、僕は座席を喫煙室に移して仕事をすることにした。周囲の「何やってんだ、このばかは」という目にもめげず、僕は煙の充満する喫煙室で仕事に取り組んでいく。
 彼らは数日で、僕の目論見に気がついたようだった。なぜなら、何かを決めようとすると、僕が話に参加し始めるからだ。

「ああ、あの件なら吉川くんが適任ですよ」
「社長は、奈良課長にやらせたがっていましたけどね」
「新人の大貫くんは評判こそいいですけど、普段は上司の悪口ばかりですね」

 自分の意見と喫煙室で得た情報を元に、僕は社の決定に参画していく。そのときに、こっそりと自分の株を上げ、他人を蹴落としていくことも忘れない。
 そのうち、誰と誰が、実は社内でできているといった情報や、こっそり副業をしているやつなど、ちくればダメージを与えられる情報も集まり始める。そうなると、ちょっと自分のためにもこの力を使いたくなるし、実際にいろんなことに手を染めざるを得ないというわけだ。

 ここまで来ると、もう僕は仕事をする必要がない。その上、もう部長も社長も僕に頭が上がらない。新規で事業を始めるときや、重要な経営判断をするとき、社長は、何もしないで喫煙所にいるだけの僕に必ずお伺いを立てるようになっていた。


 こうして、僕は権力をほしいがままにしてきた。だが、ある日、クーデターを起こされてしまう。喫煙室にいる僕をうっとうしく思う連中が、わが社の喫煙率の高さを逆手に取り、今、僕がいる喫煙室を通常のオフィスにし、オフィスのほうを今度は喫煙室にするという荒業を実行に移したのだ。

 鬱憤がたまっていた彼らは、思う存分すぱすぱやりながら、活発に意見を出し合っている。僕はフロアの隅の名ばかりのオフィスで、つまらない仕事をする以前の日々。

 いろいろなことを知ってしまった以上、近いうちに口封じで辞めさせられるだろう。しょせん栄華は一時の夢か。こぼれてくる涙を拭きながら、僕はデスクに座り続け、くだらない書類を作成するしかなかった。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅴ 作家名:六色塔