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火曜日の幻想譚 Ⅴ

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551.樹



 不思議なものを見つけた。

 それは米粒ほどの大きさの薄緑色の物体で、いびつな球形をしている。今までこんな物体は見たことがない。そんなものがある日突然、僕のデスクの上にぽつんと置かれていたのだ。

 誰がこんな物を置いたんだろう。近くの席の人に聞いてみるが、誰も知らないし心当たりもないらしい。だが、みんな口をそろえて、それは植物の種だろうという。そしてその次には、いい機会だから育ててみなよと言うのだ。

 みんながそう言うのならば、別にそれもやぶさかではない。オフィスに緑があるのは決して悪いことじゃないと思うし。そう考え、昼休みに小さい植木鉢と土を買ってきてそれを植え、デスクの隅に置いておくことにした。

 それから3カ月。毎日のように水をやっているが、いっこうに芽は出てこない。水のやりすぎで腐らしてしまったのか。それとも育て方が間違っていたのか。そもそも種ではなかったのか。いずれにしても発芽することもなく、いつの間にか、ただ単に土の入った植木鉢がデスクの片隅に置かれるのみとなってしまった。

 ちょうど水やりをやめた頃、隣の席の女性が退職することになった。詳しい理由は明かされなかったが、最近、伏し目がちだったところを見ると、何らかの悩みを抱えていたんだろう。
 隣が空席になり、適当な話し相手がいなくなると、途端に周囲がよそよそしくなったような気がしてくる。みんなが僕のことを悪く言っているような、そんな感じ。気のせいだろうと、それに上書き保存をするが、疑心がそれを加筆、修正していく。

 誰もいない残業中、とうとうイライラが頂点に達し、絶叫とともに机のものを両手でなぎ払った。キーボードやマウスは、誰もいない隣席に吹っ飛び、書類はひらひらと宙に舞う。
 ここまで感情的になってしまっては、仕事どころではない。仕方なくその日は早退した。

 翌日、出社すると、これまで素っ気なかった同僚たちがやけに優しい。久しぶりに触れる人の優しさ。その日は涙を流しながら仕事をしたほどだった。

 その後も同僚は以前のように優しかったが、それと同時に奇妙なことが起きていた。隣の島のデスクで仕事をしていた人が、みんな今月いっぱいで辞めると言い出したのだ。
 奇妙なこともあるもんだと思いながら、彼らにあいさつをした後、上司から誰もいなくなったその島の、パソコンの配線を整理するよう指示があった。

 早速、机の下に潜り込んで、コンセントからプラグを抜こうとする。すると、その近くに見慣れたものが転がっていた。あの植木鉢だ。暴れた時に吹っ飛んでしまって、ここにたどり着いたのだろう。

 その時、植木鉢から影のような不気味な樹が、にゅるにゅると伸びているのを確かに見た。その奇妙な樹の枝葉は、しっかりとその島のデスク全てに絡みつき、まるでそこの主かのように、デスクの真下にその身を置いている。それに驚きわなないた瞬間、ハッと僕は正気に戻る。デスクを取り囲んでいた樹はフッと消えうせ、再びただの植木鉢に戻った。

 みんなが急によそよそしくなったこと、相次ぐ退職。さっき一瞬だけ見えた影のような樹が、この社内を少しずつむしばんでいるのを、感覚で理解する。暴れた拍子に植木鉢がここに来たから、みんながまた僕に優しくなり、代わりにここの島の人は全員、辞めることになったということか。ということは、この見えない樹を手元に置いたら、またみんなは冷たくなる……。

 思わず食い入るような目で植木鉢に入った土を見つめる。だが、相変わらず、そこに樹は見えず、何もない空間が存在しているだけだった。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅴ 作家名:六色塔