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火曜日の幻想譚 Ⅴ

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552.過労死



 先日、深夜残業中に先輩が亡くなった。

 死因は心臓の発作ということになっているが、ありていに言えば過労死というやつだろう。遺族は訴訟の準備をしているようだし、上層部は連日会議を続けながら、僕らにいろいろと事情を聞いてくる。
 僕はこの一件で会社にほとほと愛想が尽きたので、早々に辞表を提出するつもりだが、一つだけ、どうしても世間に公表しておきたいことがある。それは、先輩が亡くなったときの状況だ。

 先輩はその日も、会社に一人で泊まり込んで作業をしていた。どうも、見積もりがひどく大ざっぱで、そのしわ寄せが現場にやってきてしまったらしい。
 とにかく先輩は、むちゃ振りともいえるその殺人的スケジュールをこなすため、来る日も来る日も家に帰らず、昼夜を徹して作業をしていたということだった。

 先輩はその晩、プログラムを書いていた。まあ、僕らの仕事はシステム開発だから、仕事中はかなりの確率でプログラムを書いている。それはなんら不思議なことじゃない。
 問題は、そのプログラムファイルの更新日時だった。先輩が亡くなったと思われる時間は、深夜4時前だったようだが、ファイルは明け方も近い4時44分に最後の更新が行われていたというのだ。

 この事実は同僚によって数日後に明かされた。この話が明るみになった途端、しばらくうちの会社はこの話で持ちきりとなった。会社の人が亡くなったというだけでも大ニュースなのに、その最期に奇妙なずれという謎が残されているのだ。しかも、4時44分。仕事柄、迷信みたいなことなど信じない人も多い会社だが、やはり、何か思うところがあるのか、みんな妄想をたくましくしていたようだった。

 先輩は連日連夜残業をするような真面目な人だったので、死んでも仕事を放り出すようなまねはしたくなかったのだろう。それこそ命を賭してでも仕事をやり遂げたかったのかもしれない思いがこの約1時間のずれにあったのだろうかと思うと、つくづく頭の下がる思いだ。


 ……これで、この話は終わりだけれども、ちょっと補足をしなければならないことがある。普通、プログラムや文章を書くときは、何らかのエディタを使って書くものだ。実は、そういったものの中には、ファイルの更新が発生した後、指定した時間になってもファイルが保存されなかったら、自動で保存をしてくれる機能が付いてるものもあるんだ。
 先輩が亡くなったのが4時前ぐらいで、最終保存が4時44分。ちょうど1時間ぐらい。エディタの設定次第では、いろいろとつじつまが合うといえば合う。もっとも、先輩の使っていたエディタはもう分からないし、普通は1時間なんてそんな長い設定にはしない。ただ、やろうと思えばそういう方法もあるということは、一応、公にしておいたほうがいいだろう。

 なんだ、つまらない。そう思う人もいるかもしれない。でも、逆に考えれば、先輩はわざと最終更新時刻を4時44分に設定することもできたわけだ。死の間際、左胸を押さえた先輩が、会社を恨んでそんな考えに至ったとしたら……。僕はこっちのほうがよっぽど怖いんじゃないかと思うんだ。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅴ 作家名:六色塔