火曜日の幻想譚 Ⅴ
553.繰り返し
自動ドアが開く。そこにいるのは半透明の君。
君と手をつないで、暗い廊下を進む。重い鉄扉を開ける。
そこにあるのは、非常階段。
1階。静けさの中でカタン、カタンと僕の足音だけが響く。
2階。手すりを握る。はげたペンキと、ざらざらの嫌な感触。
3階。荷物が邪魔をする。どうにか間を通り抜けるが、君はすっとすり抜ける。
4階。階段の途中に、虫が一匹、ひっくり返って死んでいる。
5階。鉄扉に落書きがしてある。僕らはそれを読んで、少しだけ笑う。
6階。一休み。君のうつろな目と、しばしの間、見つめ合う。
7階。フロアが騒がしい。でも、怒号か喜悦か単なる騒音かは分からない。
8階。階段が何段かぬれていた。僕らはしばし目をやり、避けて通る。
9階。ここまで来て眼下を見下ろす。らせん状の規則正しい軌跡。
10階。階段を踏み外して転びそうになる。どうにか事なきを得る。
11階。遠くで救急車のサイレンが聞こえる。僕らは一瞬だけそっちを見た。
12階。風が強くて寒い。君が飛ばされないよう、さらにギュッと手をつなぐ。
13階。屋上にたどり着く。僕は、開いた鉄扉のその向こう、高い手すりを乗りこえた。
その途端、半透明だった君は色を得る。その頃、僕は地上でドクドクと赤を失って。
さあ、今度はまた君の番。僕は自動ドアのところで待ってるからね。