火曜日の幻想譚 Ⅴ
559.離ればなれ
あの時の僕は、仕事で少々おかしくなっていたんだと思う。
連日のように続く残業、土日も祝日も普段と同じ時間に会社に行き、帰ってくる。昼休みも夕食をとる時間もデスクに向かいっぱなし。そんな一息つく暇もない日々に心を押しつぶされ、君のことがおろそかになっていたのだろう。今、振り返ってみればそう思う。
もちろん、君を蔑ろにしたくてしたわけじゃない。一段落がついたら、二人で温泉でも行こうと思っていたし、出世をすれば、君が希望していた専業主婦にしてあげられる、そういう思いが、僕の胸のうちにはしっかりと存在していた。だからこそ、あの忙しい日々も耐えることができたのだと思う。
でも、そうやって仕事にかかずらっている間、君の心は次第に離れていった。僕たちの間に会話はなくなり、一緒に眠ることも、食事をとることもいつの間にかなくなった。
そして、仕事を完了させた当日。僕らはバラバラに引き裂かれてしまった。
僕は何もかも失い、何もできなくなる。どうにか自分の周囲をかき寄せて、僕自身を少しずつ取り戻していく。僕が形になるには、20数年の時間を要したよ。それでもまだ、当時の完全な僕には程遠いけど。
自分のことがどうにかなったら、次に思ったのは君のことだった。今度は君のことを取り戻さなきゃ。僕は不格好な姿で、君の欠片をかき集める。目、耳、口、鼻、手、足……。側はそろえど、肝心のものは取り戻せそうにない。
君の心はどこだろう。不完全な僕はゾンビのようにさまよい歩く。
けど、見つからない。