火曜日の幻想譚 Ⅴ
563.現代の魔法職
体温計ってあるだろう。主に人間の体温を測るやつ。多分、あれには魔力が宿っていると思う。
みんなも経験があるのではないだろうか。朝、どうにも体がだるい。これは風邪じゃないかと思い、体温計をわきに挟む。しばらくして、「ピピッ」なんて音とともに弾き出される数値。その数値次第で、だるさが一気に倍増したり、反対に今日一日ぐらいはどうにかしのげるかな、なんて気分になったりするのだ。
だとすれば、私だって魔法を使える。体温計が弾き出す値を、常に平熱付近になるようにしておけばよいのだ。こうするだけで皆、「とりあえず今日は頑張ろう」という気になってくれる。これはいわば回復魔法、私は現代社会における僧侶の役割を全うできるのだ。
というわけで、うちの家族が使う体温計を、毎回、平熱くらいの値になるようにこっそり改造しておく。そしてきちんと自分用に、新たな体温計も購入しておく。こうすれば、学校をよく休む息子もきちんと登校するようになるだろう。妻だって、今以上にパートに精を出すようになるだろう。
そう思いながら日々を過ごし、数カ月がたった。
なぜだろう。その間、私は体調を崩すことが多くなっていた。自分用の体温計がいつも高熱の値を弾き出すのだ。激増するだるさの中で、仕方なく会社に休みの連絡を入れ続ける私。
「わーい。今日もお父さんがおうちにいてくれるー」
連絡している私の横で、ばんざいをしておおはしゃぎの息子。
この子が、体温計の数値を高くなるよう改造しておくという攻撃魔法の使い手であることを知るのは、もう少し先のことだった。