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火曜日の幻想譚 Ⅴ

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565.二つの村の民話



 昔ね、現在のS県には二つの村があったんだ。もう合併しちゃったから、村の名前は残ってないんだけれどね。

 で、その村、仮にA村とB村としておこう、は、隣同士で面積も同じくらいで、取れるものもそんなに変わらないんだ。でも、この二つの村は昔から違う殿さまが治めていたらしく、その殿様が代々仲が悪かったこともあって、村のほうもお互い異様に仲が悪かったんだそうだ。

 江戸期に入っても、領地のいざこざを抱えていたりとか、田畑の水の引き方でもめたりだとか、相変わらずの仲の悪さで、結局、合併をした今でもしこりを残した状態が続いている。でもね、二つの村には、さまざまな民話が伝わっていて、それが面白いことになっているんだ。

 例えば、A村で娘が殺害される事件が起きた。殺された娘は温厚そのもので、誰からも恨まれていた様子がない。調べた結果、犯人はB村の若い衆だった、そんな話がA村に伝わっている。
 一方で、B村に住む若い男が、A村に住む娘に懸想した。周囲の目を忍んで会っていたが、やがてA村の男たちにばれてしまう。彼らはB村の男を殺そうとするが、誤って娘を殺してしまった。困った男たちはぬれぎぬをB村の男に着せて、自分らはのうのうとしていた、そんな話がB村のほうにあるんだよ。

 また、両方の村で川に橋をかける工事を行ったのだが、A村は自分の村の男を人柱に立てたのだが、B村は自分の村ではなく別の村の者を人柱にした。そのため、B村の橋はすぐに壊れてしまったが、A村の橋は100年壊れなかった、なんて話がA村には伝わっているんだ。
 B村にも、両方の村で橋をかける工事をした話が残っているが、こちらの話では、橋の工事を行ったのは、両方ともA村の者であったと記されている。彼らはわざとB村の工事の手を抜いたので、すぐ流されるようにしたんだろうと書かれているんだ。

 もうお分かりだろう。この二つの村の民話は、同じ話がそれぞれの村の視点から描かれていて、それが、いろいろと食い違っているんだ。だから真実はどうだったか推理するのも面白いし、ただ単に、見方が違えば物語も変わるんだという事実を楽しむのもいい。さすがにこれはもう一方の村へのやっかみなんじゃないかななんてのもあるから、そういう視点で見るのも興味深いね。

 村同士、仲が悪いのは困ったものかもしれないけれど、そのおかげで案外こんなこともあったりするのは面白いと思うよ。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅴ 作家名:六色塔