火曜日の幻想譚 Ⅴ
571.竹馬の友
珍しく有休を取って会社を休んだ。
別に用事などはない。年度末も近いし、使っておけと言われたので休んだだけ。なので、いつも通りに起床したものの、時間を完全に持て余してしまっていた。
何をしようか。俺は腕を組んで考え込む。こういうときは、童心に帰るようなことをすればいい。そうすればきっと、あっという間に時間が過ぎて、今日という日は終わっているに違いないからだ。
童心に帰るようなこと。俺の頭にそれらしいことが次々に思い浮かぶ。その中から、手軽にできそうで、なおかつ楽しそうなものを選んでいく。
「うん。竹馬作りだな」
俺はそうつぶやくと、押し入れからのこぎりを取り出して家を出た。
数分後、俺は家の裏の竹林で、竹取の翁よろしく竹を切っていた。もちろん、先ほどつぶやいたとおり竹馬を作るためだ。
小学校の頃、俺は学年で一番竹馬がうまかった。竹馬でのケンケンパなんてお手の物。歩くよりも速い速度で竹馬を駆り校庭を疾走していく俺は、確実に学校のヒーローだった。
当時を思い出しながら切った竹にやすりをかけていく。最初は竹のみで作ろうと思ったが、さすがにそれは難しそうなので、ホームセンターに行き、角材やビニールひもを購入してくる。早速角材で足場を作り、ビニールひもでしっかり固定する。その他、竹の補強のためにガムテープで接地面をぐるぐる巻きにしたりして、無事に完成にこぎつけた。
「…………」
2本で一対の竹馬を両手で持ち、恐る恐る右足から乗せていく。昔、あれだけならしたとはいえ、今は運動不足の社会人。足場の強度も十分か分からない。
ぐっと右足に力を入れる。足場がずり下がる様子はない。問題ないようだ。俺は思い切って、左足をもう一方の足場に勢いよく乗せ、思い切って歩き始める。
「カッ、カッ、カッ」
当時の感覚がよみがえってくる。俺は喜び勇んで、そこら中を竹馬で歩いてみる。さすがに当時のようなけがをもいとわない速度は出せないが、あの頃を思い返すには十分な腕がまだ残っていたと言っていいだろう。
「なんか、ここまで来たら誰かに見せたいな」
俺は思わずひとりごちる。誰がいいだろう。やっぱり当時を知ってる人間だよな。
そのとき、ふいに思い浮かんだ顔があった。
「滝野くん。あいつ、なにしてんだろ」
滝野くんは俺より2歳下の、気の小さい男の子だったと記憶している。その気の小ささゆえか、いつも竹馬に乗る上級生の俺の後ろに、缶ぽっくりでくっついてきていたのを思い出したのだ。
「ちょっと、あいつん家、行ってみっか」
「たーきのくんっ! あーそーぼっ!」
俺は彼の家の呼び鈴を鳴らし、しばらく待っていた。すると、昔何度か会った滝野くんのお母さんが、泣きながら物置から昔の缶ぽっくりを取り出してきたかと思うと、玄関から出てきた滝野くんがそれを履いて俺の元までやってきた。
「おまたせっ。遊ぼう!」
俺たちは竹馬と缶ぽっくりで町内を何周もした。何周もして、何周もして、何周もして、いろんなことを語り合った。
中学以来、滝野くんはずっと引きこもりだったこと。外に出てみたかったけど、どうしても勇気が出なかったこと。でも、俺があのときのまま、誘いに来てくれたおかげで、缶ぽっくりを付けてだけど、外に出てみる勇気がわいたこと。まずはカウンセリングや支援サービスに行くことから始めて、バイトでもいいから少しずつ前へと進んでいきたいということ。
そして、これからも遊びに来てほしいということ。
もう日は傾き、夕焼けになってきていた。すっかりオレンジ色になった滝野くんの顔を見ながら、そんなの当たり前だろうという思いで俺はうなづいた。