火曜日の幻想譚 Ⅴ
572.しおりの告白
古本屋で本を物色していた時のこと。
大した掘り出し物もない中、適当に読んだことのある一冊を手に取り開く。すると中にしおりが挟まれていて、そこに小さく本の感想らしきものが書かれていた。
『売れてはいたけど、正直何が面白いのか分からなかった』
私も読んだが、まさにこの通りの感想だった。思わずうなずいてしまい、隣の本を手に取ってみる。
この本も読んだことがあった。でも、少し奇妙なミステリーだなという程度の感想しか持たなかった。中をぱらぱらとめくってみる。やはりしおりが挟まれ、同じ筆跡で感想がしたためられていた。
『ルール違反なミステリー。でもつまらなくはなかった』
そうか、ルール違反なのか、ノックスの十戒とかああ言うやつか。ミステリーに詳しくないから分からなかった。しかし、挟んであるしおりを取らないなんて、ここの店主さんかなりずぼらだな。
興に乗ってさらに隣の本を手に取ってみる。この作品は読んだことがない。
『なんか全体的にぼんやりしているけど、終わりがきれいなので全て良し』
へー、そうなのか。ぼんやりというのが気になるが、これは読んでみよう。最初の2作の感想を読む限り、この人とは感性も合うだろうし。よし、かごに入れて。
さて、さらに隣の本はどうだろうか。見たところ、作者はもちろんタイトルすら知らない作品だ。
『ようやく評価されてきた感がある。今後の飛躍に期待』
ほほう。無名どころもちゃんとチェックしていて立派だなあ。これも良さそうなので、かごに入れておこう。
隣はこれか、これは私の好きな本だ。
『くらい話が多すぎるけど、それでも読ませるだけの筆力はある』
あー、そうだね。確かに救いようのない話、多いかも。でも私はそういうの大好物だから、既に本棚に置いてあるのよね。やっぱりこの人と、話が合いそうだわ。
さて、お次はなんだ。これも知らない作品だな。
『そうきたか、と最後にうならされる隠れた名作』
おお、名作ときたか。そこまで言うからには、ぜひ読まねばならん。こいつもかごに入れて、と。
まだまだ見ていこう、これはわりと新しいな。
『ようやく出た続刊。前作から16年、もう出ただけで満足』
あー、待ち続けていたんだね。でも隠れた名作とか、そんなに待っていた作品とか、何で売っちゃったんだろう。なんか、事情があったのかなあ。
お次は、官能ものか。
『メイドさんを拘束して激しくあんなことやこんなことをする話。正直たまんねえ』
たまんないっすか、そうっすか。私は体操着にブルマ派なんでちょっと分かりあえないけど、男ってそういうもんっすよね。
次の本……、これはしおり挟まってないな。じゃ、お会計するか。
レジへと向かっていくところで、ふと私は抜き取った8枚のしおりを眺めてみた。そして、とあることに気づいてしまう。8枚のしおりに書かれていた感想の頭文字をつなげると……。
『売ルなよくそよメ』
超低確率で起きた偶然か、「彼」が断末魔の中で発したメッセージか。どちらにしても多分、最後の官能小説が奥さまに見つかって、大切な本を無理やり売ることになってしまったんだろうなあ。
私は話が合いそうな「彼」に、同情を寄せながらかごをレジの台に置いた。