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火曜日の幻想譚 Ⅴ

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573.祭壇



 お兄ちゃんが、布団の前に祭壇を作っていた。

 観音開きで仰々しいその祭壇は、お兄ちゃんの部屋で奇妙な威圧感を放っている。その目の前、布団の上でお兄ちゃんは、パジャマ姿でひれ伏し、厚い信仰をあらわにしていた。

 朝、起こしに来た私は、その姿を見て思わず固まってしまう。

 思えば昔から、お兄ちゃんは変わり者だった。でも、ここまで変人だったなんて。私は悲しくなり、部屋の扉をそっと閉め、食卓にやって来てしまった。

「どうしたの、雛子。浮かない顔して」
「それにしても竜司のやつ、遅いじゃないか」

何も知らないお父さんとお母さんは、いたってのんきだ。二人にお兄ちゃんがわけの分からない祭壇に祈ってるって言ったら、果たして信じるだろうか。

「雛子、ひどいじゃないか。起こしてくれないなんて」

礼拝が済んだのか、ようやく部屋から出てきたお兄ちゃんに、私は動揺を隠しながら言う。

「ちゃんと1人で起きてよ。そうすればいいだけの話でしょ」

今日は何とかこれで済んだが、明日もお兄ちゃんは祭壇にひれ伏しているのだろうか。大好きなお兄ちゃんのそんな姿は見たくない。私は約24時間後に訪れるルーチンワークに憂うつになりながら、トーストをかじった。

 翌朝。
 2つの意味でまだ眠りたい気持ちを引きずりながら、お兄ちゃんの部屋をノックする。いつものように反応はない。

「お兄ちゃん、起きて。入るよ」

扉を開けると、今日も祭壇の前にひれ伏し、ブツブツ何かを唱えている。

「…………」

私はその姿にいたたまれなくなり、自分の部屋へと戻ってしまう。そしてお母さんに、体調が悪いから学校を休むとドアごしに伝えたのだった。

 数時間後、お兄ちゃんとお父さんは、それぞれ大学と会社に向かった。私はベッドで1人考える。

 お兄ちゃんは、何でこうなってしまったのだろう。別に宗教は悪いことじゃない。けど、あの奇妙な祭壇は何だ。何か、こう、どうせならお兄ちゃんには、もっとかっこいいものを信仰してほしい。いつも優しいあのお兄ちゃんが、わけの分からない奇妙なものに執心しているのは見たくない。そんなことを考えていると、ドアごしに声がした。

「雛子。お母さんも仕事に行くけど、本当につらかったら連絡して」

その声を最後にお母さんも出ていき、家には私一人になった。

 1人でベッドに横になっていても、考えるのは祭壇のことばかり。そして、1人であれこれ考えているうちに、ある考えが浮かんでしまった。

「……今のうち、壊しちゃおっか」

 この言葉が口をついて出た直後、そら恐ろしくなる。人のものを壊すなんて……。しかも、それが大好きな兄のものなのだ。
 でも、一度浮かんだ考えは止まらない。1人っきりで過多になった感情と、家に誰もいないという現実が、犯してはならない罪へと急き立てる。

「取りあえず、見てみよ。見るだけ」

私はそっと自室のドアを開ける。すぐ隣の兄の部屋はしんと静まり返っている。その部屋へとゆっくり近づき、ドアノブをひねった。兄は普段、全く部屋に鍵をかけない。
 ドアを開くと、布団の前の憎きものが目に入ってくる。ゆっくりと部屋に入り、部屋の中央へと進み、それを真正面から見据える。

「!!!!」

突然、怪しい光が祭壇から漏れ出した。その光を浴びながら、私は思い出す。

「これは、魔神デゴローダンを崇める祭壇!」

そうつぶやきながら私は、唐突に自分が何者なのかを理解する。

「そして、私は……、デゴローダンを討ち滅ぼすべく地上へと派遣された、栄光の女神シュラクリンに仕える聖女、ヒナコ……」

記憶を取り戻した私の手には、いつの間にか光り輝くやりが握られている。私はためらわずそのやりで魔神を崇める祭壇を断ち割った。

「はあ、はあ。お兄ちゃん、竜司お兄ちゃん……」

私は兄の名を呼ぶが、その感情は以前のそれとすっかり違えていた。

「お兄ちゃんが、デゴローダンの信者ということは、前世からの私の敵! 今世こそは絶対に逃さない!」

 私は光るやりを構え、宿敵である兄の帰りを待ち続ける。


 26世代前から続く、因縁の対決。それが今、再び幕を開けた。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅴ 作家名:六色塔