火曜日の幻想譚 Ⅴ
577.気付きの弊害
以前、住んでいた家の帰り道に、ちょっとした小道がありました。
その道の右側は小学校に面していて、胸ぐらいの高さまでコンクリが敷き詰められ、その上に金網が設置されています。その金網越しに中を見る限り、すぐ向こう側はプールがあるようです。
その道の左側、反対側には何があるかというと、名前は忘れましたが、何とか女子大とかいう大学生の住む寮が建てられています。その面は寮のベランダが立ち並んでいて、よく洗濯物などが風にはためいていました。
私は普段、その通りを何の感慨もなく歩いていました。遅れそうで走っていく時もあれば、いい気分で帰る日もありました。嫌な会議があって力なく歩いていく朝もあれば、同僚と飲んで千鳥足で帰る夜もあったのです。
しかし、あるとき私は気付きました。この小道、実は非常に危険な場所なのではないかと。なんせ隣は小学校のプール、反対側は女子大学生の住む寮なのです。右を見れば小学生の水着姿、左を見れば女子大生の洗濯物……。うかつに横を向くと、怪しまれてしまう小道だということに、気付いてしまったのです。
断っておきますが、私は既に妻がおりますし、小学生にも、女性の洗濯物にも興味はありません。しかしそれでも、ふいにそれらを目に入れた瞬間を他人に目撃されたら、変質者のそしりを免れることは、到底できる気がしないのです。もちろん、プールの授業は夏の昼間しか行いませんし、洗濯物だって日夜、干しているわけではないでしょう。しかし、犯罪者が現場を事前に見て回る光景だ、そう思われてしまう可能性だってあるわけです。
この事に気付いて以来、私はこの小道を、文字通り脇目も振らず歩くことにしました。決して首を左右に向けないように、姿勢を正して真っすぐ歩く。この小道を通る際は、そうするように努め続けたのです。
しかし、それは逆効果でした。ガッチガチに緊張して歩いている私を、不審だと思う者がいたらしく、近所の不審者情報に、私と思しき情報が記載されてしまったのです。私は仕方なく妻に事情を話し、あきれる妻とともにこの地を離れ、住まいを変えたのです。あきれていたとはいえ、女性である妻が信じてくれたのは、本当に不幸中の幸いだったと思います。
世の中、特にビジネスにおいて、気付きは非常に重要視されているものですが、何かに気付くことで、しなくてもいい苦労を背負い込んでしまうこともあります。そんなことをつくづく私は、この一件で思い知らされたのでした。