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火曜日の幻想譚 Ⅴ

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578.留年生



 僕らは歩いていた。王宮の南東にあるほこら、そこに向かうために。
「…………」
緊張の面持ち。誰も口を開いたりしない。武具の音だけがカチャカチャと、周囲に響き渡る。
「…………」
 もう少しでほこらが見えてくると思ったその瞬間、道にひょいと3つの影が現れた。尾にも牙にも毒を持つ巨大さそり。ユーモラスな名前に反して、高い攻撃力を誇るコロコロイノシシ。魔王が作った代表的な合成生物、タヌキツネウサギの3体だ。
 僕は無言のまま、先日手に入れた聖剣を振るう。立ちはだかった3体は瞬時に切り裂かれ、醜い骸を大地にさらしていた。
「…………」
 かつては強敵だったものたちを倒しても心は晴れない。大きく息をはいて、剣をしまう。
「……大丈夫だからさ、あんまりピリピリするなよ」
 戦士が僕の肩に手を置いてなだめてくれる。だが、緊張が取れることはない。


 やがてほこらにたどり着く。周囲は森閑として、荘厳な雰囲気だ。
 ほこらの中には1体の像がちんまりと置かれていた。僕らはその前に立ち、祈りをささげる。すると脳内に声が聞こえてくる。
「よく来た、勇者たちよ……」
 何度も聞いた声。ここまではいい、さあ、この次だ。僕らは身を固くして、次の言葉を待つ。
「……だが、まだ時は早い。留年だ。今一度、出直してくるがよい」
 声はそれきり聞こえなくなった。僕は大きくため息をつく。同行している3人も、落胆を隠しきれないようだ。
「これで何度目だったかな」
「もう覚えてないよ」
「何が悪いんだろうね」
 僕らは冒険を重ね、倒すべき敵がこのほこらの向こうの地にいることまでは突き止めた。だが、ほこらの中央に立っているこの像が、来るべき時が来たら通してやるというこの像が、いつになっても先に行かせてくれないのだ。
 そのおかげで僕らは、この大陸の隅々まできっちりと探索する羽目になった。ときには地中深くの洞窟にもぐり、ときには天高くそびえ立つ塔に登った。一度はお姫様の寝室に忍び込んだこともあった。でもその都度、まだ早いと言われ続けた。そのせいで僕らは、レベルも能力もカンストしきってしまっている。はて、これ以上何が必要だというのだろう。
「行きましょう、次こそはきっと」
僧侶が僕に手を差し伸べる。僕はその手を取って立ち上がりながら、像の言葉をよくかみしめてみる。そのとき、一つの言葉が僕の脳裏によみがえった。
「留年だ」
 留年、何のことだ。普通、留年といえば学校で使うものだろう。この大陸は学校なのだろうか、いや、そんなことがあるはずはない。

「あっ」

 僕は思わず声を上げる。そういえば、勇者を養成する訓練学校で、薬草の使い方の単位を落としていたのをすっかり忘れていた。どうせ使うことなんてないからと放っておいたのだ。その後、世界に危機が訪れ、そのまま勇者として冒険に出てしまったんだった。
「……もしかして、僕、訓練学校を留年したままになってる?」
 体から大量の汗が吹き出してくる。ここまで散々同じことをさせたのは、もしかしたら僕のせい……。
 暗い表情でほこらを出ていく仲間たち。僕は申し訳なくてみんなを見ることができず、ほこらの中でうつむくことしかできなかった。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅴ 作家名:六色塔