火曜日の幻想譚 Ⅴ
579.訃報
性格が悪いと思われるかもしれないが、新聞の訃報欄を集めるのが趣味だ。
財界や政界、ときに芸能の人々などの死を伝える訃報。その画像をパソコンに保存して、日付別のフォルダーに格納しているのだ。ちょっと前に、大昔の紙媒体を切り抜いてスクラップしていた分もファイル化して、先日、ようやく全てを収めることに成功した。おかげで過去20年近くの訃報が、私のパソコンの1フォルダーに収まっていることになる。
それら一人一人をながめていくうちに、ありもしない線香の匂いが、ぷうんと香っているような気がしてきた。彼らは、どんな亡くなり方をしたのだろうか。そんなことを思いながら、一人の顔写真と死因を見た直後に目をつむると、想像力が豊かな私の脳内で、彼らの臨終の光景が再現されていく。
そうか、この人は家族に囲まれて、悔いもなく亡くなったんだな。うーん、この方は晩年、クーデターで会社を追い出されて、失意のうちに世を去ったのか。ああ、この人はがんと闘い続けて苦しんだけど、最後まで頑張って生き抜いた……。
いろんな死に方が見えてくる中、とある人の記事で目が止まる。人間国宝の人の良さそうなおじいさん、97歳、老衰で亡くなったようだ。この方は亡くなるとき、どうだったのかな、そう考え、目をつむる。すると、そこにはむごい光景が広がっていた。目を背けたくなるような拷問の道具が周囲に散らばる中、肉塊としか思えないような物体がたたずんでいたのだ。
記事には老衰と書かれているが、実際のところは何かがあったんだろうか。それとも、たまたま私の想像力が、違う方向に発揮されてしまっただけだろうか。私は急に怖くなり、その方の記事を思わず削除してしまった。しかし、先ほどの恐ろしい光景は脳にこびりつき、考えないようにすればするほど、思い出してしまう。それに、この膨大なスクラップファイルの中に、似たような亡くなり方をした人だっているんじゃないだろうか。
ここまで考えてしまったら、もう後は止まらない。私は震える手で、訃報データが入っているフォルダーごと全てを削除してしまい、そこでようやく安心したのだった。