火曜日の幻想譚 Ⅴ
599.入定の果てに
かつて、世を飢きんが襲った際には、それに苦しむ衆生を救うべく僧が入定をしたものだった。
いわゆる即身仏と呼ばれるもので、さすがに今は作られていないが、かつて作られたものを公開しているところは今でも地方に存在している。
この即身仏について、私は一つの疑問を持っていた。なぜ即身仏になるものは、一人でなければならないのだろうか? 少し大きな箱に、複数人で入ってはいけないのだろうか。箱の中で過ごす時間は想像を絶する過酷さだ。さらにその先に待っているのは死。複数人で励ましあって入定するほうが、どう考えても良いのではないかというのが私の疑問だった。
私はその疑問を解明すべく日本中を探し回り、二人以上で即身仏になった例を探そうと試みた。そしてある日のとある地方で、二人で入定をしたと思われる即身仏を見つけたのだった。
私は喜び勇んで箱のくぎを抜き、その中を改める。だが、心躍る思いとは裏腹に、鼻をつく臭いのその先にはなんとも恐ろしい光景が展開されていた。
即身仏となった二人は、お互いがお互いにつかみかかり、相手の二の腕にかみつき合ったままミイラと化していた。私は二人の浅ましい姿に動揺し、素早く箱を閉じる。そして、詳細に研究するからという名目で、誰にも見せずに研究室まで運び入れてしまった。
部屋で一人になり、あらためて箱を開く。最初に見たときと同じポーズで二人は固まっている。一体この二人の身に、何が起こったのだろうか。
……実は予想は付いている。二人は閉じ込められた箱の中で、相手よりも長く生きたいという欲望を持ってしまったのだ。それゆえに、相手の肉を食ってまで生き延びようとした。その浅ましい姿をくっきりとこの世に残して、彼らは世を去っていったのだ。
恐らく、経験的にこうなることが分かっていて、複数人での入定は行われなかったのだろう。私は仏の教えにあらためて驚嘆するとともに、自身の浅はかさを存分にかみしめながら、持論の間違いを認めざるを得なかった。